金曜日の制服
早蕨梢の家へ、十六歳の雨坂紗月が来たのは四月だった。
梢は市の短期里親制度へ登録しており、紗月は進路が落ち着くまで暮らすことになった。
二人は互いを名字で呼び、冷蔵庫の棚も洗面所の籠も、きっちり半分に分けた。
金曜の夜は、制服を洗う日だった。
紗月は自分で洗濯機へ入れ、梢は口を出さない。けれどある日、ブレザーの袖口から糸が長く出ているのを見つけた。
「ほつれてる」
「まだ着られる」
「そのままだと広がるよ」
「日曜にやる」
紗月の「日曜」は、だいたい来ない。
梢は裁縫箱を卓へ置いた。
「貸すだけ」
「縫ってくれないんですか」
「自分でやると思った」
「急に自主性を尊重する」
紗月は不満そうに針へ糸を通した。
一針目で指を刺した。
「痛い」
「見せて」
「自分でやります」
「絆創膏は共同財産」
梢が小さな絆創膏を貼り、今度は袖を持った。紗月が縫い、梢が布を裏から支える。
縫い目は斜めになったが、糸は見えなくなった。
「うちの母は、こういうの得意でした」
紗月が急に言った。
梢は返事を急がなかった。
「私は苦手」
「見れば分かります」
「支え方にも技術がある」
「それは初耳」
洗った制服を室内へ干す。
梅雨の雨で外には出せない。扇風機を弱く回すと、濡れた布と洗剤の匂いが部屋へ広がった。
二人はその下で、コンビニの肉まんを食べた。
「季節外れで安かった」
梢が言う。
「こういう節約は好き」
紗月は熱い皮を少しずつちぎった。
月曜の朝、紗月はブレザーを着て鏡を見た。
袖口の縫い目は、近くで見ると曲がっている。
「目立ちますか」
「誰も袖を検査しない」
「梢さんはする」
名字ではなく名前で呼ばれたことに、梢は気づいた。
けれど驚いた顔をすると戻されそうで、「仕事だから」とだけ答えた。
紗月は玄関へ向かい、少し戻って裁縫箱を自分の棚へ入れた。
「置き場所、こっちでいい?」
「半分を越えてる」
「糸だけ」
「では特例」
制服が揺れた部屋には、肉まんの生姜と洗剤の柔らかな香りが残っていた。
家族という言葉を使わなくても、同じ布の端を持つ手が二つある。それだけで月曜の袖は、少し丈夫になっていた。