銀杏の頁をひらく
古い詩集を開いた途端、乾いた銀杏の葉が二つに割れた。侑里は床へ落ちた黄色い欠片を拾いながら、十六歳の秋の匂いを思い出した。
鞠乃が半年ぶりに登校した日、校庭の銀杏は一斉に色づいていた。治療で短くなった髪を、彼女は赤いピンで留めていた。クラスメートは必要以上に明るく話しかけ、必要以上に病気のことを聞かなかった。
昼休み、鞠乃は侑里を窓際へ呼び、薄い詩集を貸した。
「病院、時間だけはあるんだけど、長い話は疲れるの。詩なら途中で眠っても怒られない」
「返すの、いつでもいい?」
「読み終わらなくてもいいよ」
侑里は、その言い方が嫌だった。終わりを準備しているように聞こえた。
「そういうこと言わないで。次の文化祭、一緒に係やるんだから」
鞠乃は笑って、校庭から拾った銀杏の葉を頁へ挟んだ。
「じゃあ、来年返して」
だが冬休み、鞠乃は再入院した。侑里は見舞いに行くと約束しながら、毎週理由を作った。元気な自分の制服も、何を話せばいいか分からない沈黙も、怖かった。最後まで読んでから行こうと思い、最終頁だけを残し続けた。
鞠乃が亡くなった知らせは、三学期の始業式に届いた。彼女の机から花瓶が片づけられた日の方が、葬儀より現実に見えた。詩集は返せない物になり、侑里は十年以上、最後の頁を開かなかった。
二十七歳の今、侑里は緩和ケア病棟の事務職として働いている。患者用の本棚を整える日、鞄から詩集を出した。最近、眠れない夜に短い文章を求める患者がいると看護師から聞いていた。最後の頁には、鞠乃の丸い字で一行だけあった。
〈最後まで読まなくても、好きだった頁は残る〉
侑里は割れた銀杏の葉を透明な袋へ入れ、詩集の内側に貼った。見舞いに行けなかった自分を、きれいな思い出に直すことはできない。それでも、怖かった少女のまま本を閉じ続ける必要もなかった。
病棟の本棚に詩集を置き、貸出カードの最初の欄へ自分の名を書いた。その下には、まだ白い行がいくつも続いていた。