銀靴の左足

舞踏夜会の最優秀組が発表される直前、ヴェニカの銀靴が折れた。

 三回転目。左の踵が乾いた音を立て、彼女は侯爵令息ラウディオの腕へ倒れ込む。

「シェルヴィ・アーデン、君の仕業だな」

 ラウディオは婚約者を広間の中央へ呼びつけた。

「ヴェニカが私と踊るのを妬み、靴へ細工した。こんな陰険な女との婚約は破棄する」

 ヴェニカは痛む足を抱え、目に涙を浮かべる。

「今朝、シェルヴィ様が靴工房の近くにいるのを見ました……」

 シェルヴィは折れた踵へ触れず、扇を閉じた。

「告発は、わたくしが銀靴へ細工したという一点ですね」

「ほかに誰がする」

「では、注文票を読んでいただきましょう」

 夜会の審査役、舞踏公セドラムが一人だけ進み出た。公平な採点のため、出場者の靴はすべて王立工房で作られ、注文票の原本を彼が預かっている。

 セドラムは銀色の一枚を開いた。

 着用者、ヴェニカ。

 加工、左踵を三度目の強い旋回で破断するよう空洞化。

 支払者、ラウディオ・ベルガ。

 最後には、代金を払った者の血印が赤く脈打っていた。

「王立工房は、暗殺に使える加工を拒否し、審査役へ報告する決まりだ」とセドラムは言った。「踵だけなら転ぶ程度と判断し、証拠保全のため注文どおり納めさせた」

 ラウディオの顔が、銀靴より白くなった。

「偽造だ!」

「血印は、本人の心拍に同期する」

 紙上の赤い印は、彼の荒い鼓動そのままに速く明滅している。

 ヴェニカがそっと彼から離れた。

「殿下は、わたくしが転べばシェルヴィ様を追い出せると……三回転したら倒れろと」

「黙れ!」

 シェルヴィは折れた靴を見下ろした。自分が工房へ行ったのは、ヴェニカの足に合わない仮靴を見つけ、交換を頼むためだった。その親切まで罠の材料にされたらしい。

「シェルヴィ、余興が行き過ぎただけだ。君の寛容さを試した。婚約破棄は冗談だ」

「踵と信頼は、折れたあとで元の高さには戻りません」

 セドラムが片手を差し出す。

「最優秀組の発表前に、一曲空いている。私の左足なら、踏んでも減点しない」

 シェルヴィはラウディオに背を向け、その手を取った。