鋳潰される銀貨
コルヴォ・マレスカは、偽銀貨を本物らしく見せる気がなかった。
縁は歪み、王冠の刻印は浅く、噛めば鉛の芯が歯に残る。まともな密偵なら捨てる品を、コルヴォは包囲された港都の検問でわざと支払いに使った。
守兵が一噛みして顔を変えた。
「贋金だ」
「酒代には足りる」
「首代にも足りん」
拳が腹へ入り、膝をついた。銀貨は隊長の指へ渡った。狙い通りだった。港都では贋金を見つければ、犯人より先に貨幣を造幣所へ送る。銀の品位を調べ、同じ型が出回っていないか確かめるためだ。
密書は銀貨の縁に彫ってあった。髪の毛より細い文字で一周、〈明朝の霧、外海より火船三。鐘二つで港鎖を落とせ〉。鉛を挟んだのは、必ず鋳潰す前に造幣師が拡大鏡で調べるようにするためだった。
隊長はコルヴォの髪を掴んだ。
「誰に作らせた」
「女房だ」
「名は」
「鉛より重い女だった。死んで軽くなった」
また殴られた。歯が石床へ転がる。コルヴォは銀貨の行方だけを見た。小役人が証拠袋へ入れ、封蝋を押す。あとは造幣所のバッソ・レナートが受け取ればいい。
夕刻、尋問役が炉の火を見せた。銀貨と同じ型を吐けば指を残すと言う。コルヴォは、型など最初からないと答えた。一枚だけ手で削った贋金だった。大量に流す気がない贋金ほど、役人は大きな陰謀を疑う。疑いが深いほど、証拠の銀貨は丁寧に造幣所へ運ばれる。
地下牢は海面より低かった。夜半になると、壁の隙間から潮が滲んだ。隣の房の男が言う。
「贋金なら手首を落とされる。間者なら吊られる。どちらがましだ」
「貨幣は鋳直せる。首は一度で済む」
夜明け前、造幣所でバッソは銀貨を万力へ挟んだ。刃を入れる前に縁を覗き、極細の文字を読んだ。次いで銀貨を炉へ放る。証拠も密書も、同じ赤い滴になった。
夜が薄くなるころ、処刑人の足音が廊下へ入った。コルヴォは立たなかった。貨幣が目的地へ届いたなら、足で運ぶ仕事はもう終わっている。残る首は、封を切った後の袋と同じだった。
牢の天井から、港鐘が一つ、二つと響いた。
コルヴォは濡れた壁へ背を預けた。
海の底で巨大な鎖がほどけ、港口へ沈んでいった。