鍋底を見せない夜
志岐絹佳のスマートフォンは、午前一時にもかかわらず、白い照明の下で撮影を続けていた。
画面の中には、白い豆とキャベツのスープ。湯気がレンズを曇らせ、キャベツの甘い匂いがテーブルの上へ広がっている。絹佳は器を少し右へ動かし、木のスプーンを斜めに置き直した。
動画の題名は「夜中に食べても罪悪感ゼロ」。
台本には、たった百八十キロカロリー、食物繊維たっぷり、と数字が並んでいた。
けれど今日、絹佳が口にしたものは何もなかった。朝の撮影用に果物を切り、昼は店の新作を一口だけ味見し、夕方は「食べすぎた翌日の調整法」を話した。登録者が増えるほど、食べる場面は編集で作れるようになった。
最近は「前より丸くなった」と書かれた一件のコメントだけを、何千件の応援より先に見つけた。削除しても文面を覚えていて、器へよそう量がまた少し減った。
弟が帰省中の台所で作ったスープだった。鍋を火から下ろすと、彼は「先に寝る」とだけ言った。食べろとも、痩せすぎだとも言わなかった。
絹佳は鍋から一杯の半分だけをよそった。これなら撮影後に捨てても、罪悪感が少ない。そう考えて録画ボタンを押し、笑顔でスプーンを持った。
白い豆は歯を立てる前にほろりと崩れた。
想定していなかった柔らかさに、絹佳は台詞を忘れた。二口目で湯気がまた画面を曇らせる。三口目には、自分が空腹だったことを身体が思い出した。
録画を止めた。
半分の器はすぐに空になった。絹佳は鍋をのぞく。まだたっぷり残っている。普段なら保存容器へ分け、「明日の朝食」と書いて安心する量だった。
今夜は、もう一度だけ器を満たした。
スマートフォンの画面には、最初の半量を美しく食べる絹佳が止まっている。彼女はその動画を削除した。代わりに、誰にも見せないまま二杯目を食べた。甘い匂いも、豆の柔らかさも、説明の言葉に変えなかった。
最後の一口を飲んでから、鍋底をスプーンでなぞる。そこまで映せば「食べすぎ」と書かれるだろう。
絹佳は空になった鍋だけを一枚撮った。
投稿はしなかった。けれど翌朝、弟が起きたとき、流しには洗われた器が二杯分ではなく、一人で二度よそった跡として重ねられていた。