鍬は剣より軽い

魔王を倒した英雄バシュへ、国王は褒美として辺境の荘園を与えた。

実際には、作物も小作人もいない捨てられた農地だった。凱旋宴で「平和になれば英雄は扱いに困る」と囁かれていたから、遠ざけるにはちょうどよかったのだろう。

初日の朝、バシュは畑の隅で柄の折れた鍬を見つけた。

伝説の剣なら、岩盤ごと畑を割れる。だが土まで焼けば意味がない。彼は剣を鞘に入れたまま金床代わりに置き、落ちていた樫の枝を削って鍬へ差し込んだ。

三度叩くと、ぐらつきが止まった。

「よし。今日は一列だけだ」

硬い土へ鍬を振り下ろす。魔王の鎧より手強くはないが、同じ場所を何度も耕す必要があった。汗が背を流れ、掌には久しぶりに剣胼胝とは違う痛みができた。

昼過ぎ、土の中から丸い石が出た。持ち上げると、その下で小さな野兎が震えている。

バシュは兎を畦の外へ移し、石だけを脇へ積んだ。

途中で柄が掌を擦り、赤い皮がめくれた。勇者の加護なら痛みを消せたが、バシュは使わず、布を巻いて続けた。魔王城では一撃で門を砕いた。それに比べれば、同じ土塊を三度ずつ崩す作業は地味で遅い。だが振り下ろした分だけ確実に柔らかくなり、誰の歓声がなくても結果が足元に残る。彼は畝の端を靴で揃え、明日迷わないよう小石を目印に置いた。畝の向こうでは、逃がした野兎が草を噛みながらこちらを見ていた。戦利品を奪い合わない相手との夕暮れは、驚くほど静かだった。

夕暮れ、できた畝は二十歩にも満たなかった。それでも鍬目の間から、湿った土の匂いが立ち上がった。

腰を伸ばした瞬間、胸元の通信結晶が赤く光る。

《至急帰還せよ。東方に古竜出現。元勇者隊を再編する》

命令文のあとに、謝罪はなかった。

バシュは結晶を伏せ、野営用の鉄板へ玉葱を置いた。薄切りが油の上でじゅっと鳴り、端から飴色になる。干し肉を足すと、腹が正直な音を立てた。

剣は壁に立てかけたまま。鍬は戸口で土をまとっている。

今日倒したのは、畝一列ぶんの固い地面だけだった。

バシュは焼けた玉葱を頬張り、心から思った。

それで十分だ。