鍵束の六番目
父の鍵束は、夕食のたびに卓上で鳴った。
家の鍵、車の鍵、物置の鍵。柚葉が見覚えのない銀色の鍵に気づいたのは、父が醤油を取ろうとして束を引きずったときだった。青い丸シールに、油性ペンで「Y」と書いてある。
「それ、私の部屋の鍵?」
父は一度、鍵束を手で覆った。
「前にもらっただろ。何かあったとき用だ」
就職した年、母が熱を出したと聞いて慌てて帰った夜に、父へ預けた合鍵だった。返してと言う機会を逃したまま、五年たっていた。
「この前も電話に出なかったじゃないか。倒れていたらどうする」
「会議中だった」
「親なら確認する権利がある」
母は味噌汁の表面を箸でつつきながら、「お父さんは心配性だから」と言った。いつもなら、その一言で話は終わった。
柚葉は父の前へ手を出した。
「返して」
「今ここで言うことか」
「今、見つけたから」
父の眉間に深い線ができた。「家族を信用できないのか」
「信用と鍵は別。鍵がなくても、家族ではいられる」
父は椅子にもたれ、黙った。柚葉は手を引かなかった。食卓の上で、時計の秒針と冷蔵庫のモーター音だけが重なる。
やがて父は小さなドライバーを持ってきた。鍵束の輪を広げる指が震えているように見えたが、柚葉は手伝わなかった。
六番目の鍵が外れた。
代わりに、柚葉は財布から一枚のカードを出した。管理会社と、近所に住む友人の連絡先を書いてある。
「本当に緊急なら、ここへ。来るときは先に電話して」
「他人のほうが頼りになるってことか」
「私が決めた順番を守ってほしいってこと」
父はカードを読まず、味噌汁の横へ置いた。
柚葉は銀色の鍵をポケットに入れた。重さはほとんどない。それでも、立ち上がると身体の傾きが少し変わった。
父は青い丸シールを見て、『これは剥がすのか』と尋ねた。柚葉は鍵を取り出し、自分の爪でシールを剥いだ。五年分の日焼けの跡だけが銀色の表面に残る。名前の代わりに、今の住所の小さな傷が見えた。
父が低い声で「次はいつ帰る」と聞いた。
「鍵がなくても、帰る日は連絡するよ」
柚葉はそう答え、鍵の入ったポケットを一度だけ押さえた。