鍵番号を送る前に

無人チェックインの夜、芦田鞠子は「部屋に知らない人がいる」という通報で管理画面を開いた。

宿泊客が入力した暗証番号は、別の部屋のものだった。後輩が同じ名字の二組へ案内メールを送る際、宛先だけを入れ替えていた。幸い、誤って開けた部屋の客は外出中だったが、室内には荷物が置かれている。

「誰も会っていないなら、正しい番号を送り直して終わりにしましょう」

夜勤責任者は言った。宿は満室で、廊下には到着したばかりの客が待っている。後輩は顔を青くし、送信履歴を消そうとしていた。

鞠子は削除を止めた。二つの暗証番号は、チェックアウトまで変わらない設定だ。一度他人へ届いた以上、正しい客だけが知る番号ではない。

「二室とも無効化します」

鞠子は新しい番号を発行し、外出中の客にも連絡した。室内への入室記録は一回だけで、滞在は三十秒。清掃担当と一緒に荷物の状態を確認し、宿泊客には何が起きたかを隠さず説明した。待たせている組にはラウンジを開け、本人確認後に対面で番号を渡した。

後輩は小さな声で言った。

「名字が同じだったので、部屋番号だけ見て送りました」

「名字も部屋番号も変わる。予約番号だけを鍵に結びつけよう。送る前に、別の画面で本人確認をする」

鞠子はメールの手入力をやめ、予約番号から一件ずつ呼び出す方式へ切り替えた。暗証番号は初回入室後に更新できるよう、システム会社へ緊急改修も依頼した。

深夜一時、二組とも新しい部屋番号で落ち着いた。外出から戻った客は、荷物の写真を一つずつ確認し、何も失われていないと分かってからようやく椅子へ座った。誤って入室した客は、謝罪を受けたあと、「あのまま黙られる方が怖かった」と言った。鞠子は、補償券より先に必要なのは、誰が鍵を知ったかを説明することだと覚えた。

責任者は、顧客への補償費を後輩の始末書へ書き加えようとした。鞠子は、個人が宛先を手入力する運用を承認していた自分の部署名を先に記した。

朝、鞠子は接客部門への昇格面談を辞退し、予約システム改善チームへの異動願いを送った。

送信画面には、〈現場で謝るだけの仕事から、謝らなくて済む仕組みを作る仕事へ〉と書いた。