鏡越しの発砲
玄関ホールの鏡は、事件後も撤去されていなかった。
霧生皓平鑑識官は、弾痕の横へ立ち、当夜と同じ高さにボディーカメラの模型を固定した。小鷹巡査が刃物を持った住人を射殺した現場。映像は発砲直前に途切れ、本体は「銃撃の衝撃で破損した」と処理されている。小鷹の供述では、住人は正面から突進した。発砲は一発だけで、他の警察官は玄関外にいたとされている。
「もう適正射撃で結論が出ている」
立会いの三田村管理官が言った。
「再検証は鏡の回収だけで終えろ」
鏡の左端には、住人の家族が事件直後に撮った写真の傷と同じ白い筋がある。皓平は写真をタブレットに表示し、現在の鏡と重ねた。割れ目の中に、小さな赤い点が二つ写っている。一つは警報器。もう一つは小鷹の胸元だった。
「カメラは発砲後も点灯しています」
「写真の時刻は確定していない」
「救急隊の到着が写っています。発砲から四分後です」
さらに鏡には、倒れた住人の両手が映っていた。右手は胸の上、左手は床。刃物は見えない。刃物が発見されたのは遺体の右足付近だが、公式の現場写真は救急搬送後に撮影されている。
三田村が鏡の前へ立ち、反射を遮った。
「一枚の家族写真で、現場全員を疑うのか。刃物を蹴った可能性もある。点灯していても保存されたとは限らない」
「だから本体を調べる必要があります」
「廃棄済みだ」
皓平は初めて三田村を見た。耐衝撃ケースに入った機器を、事件から三日で廃棄する規定などない。廃棄承認者は三田村自身だった。
「鏡も割れて危険だ。今ここで処分しろ」
作業員が布を広げた。皓平は鏡を外させる代わりに、透明保護板を当て、裏面へ証拠番号を書いた。発砲事件の証拠品ではなく、「記録媒体の廃棄に関する監察資料」として新しい番号を振る。
三田村が怒鳴ったが、番号を書き終えるまで手を止めなかった。
最後に鏡を立てると、そこには小鷹の赤灯ではなく、組織を敵に回した自分の顔が映っていた。皓平はそのまま封印票を貼った。