閉店後の試着室
閉店後の店内を、赤いコートの女が歩いていた。
宝飾品を扱う衣料店で、貸し出し用の真珠の首飾りが消えた。監視映像には午前零時十二分、赤いコートの女が売り場を横切り、試着室前の死角へ入る姿が映っている。だが、女が出てくる映像はなく、非常口も作動していない。
店長は、最後の客が隠れていたのだろうと言った。閉店時の点検が甘かったと認めたが、客の顔は分からない。女は一度もカメラへ正面を向かなかった。
歩き方が妙に一定だった。左右の足が、床の目地を二枚ずつ正確に進む。裾も髪もほとんど揺れない。店長は、映像のフレーム数が低いせいだと説明した。
もう一つ、赤いコートの襟元には白い値札が付いたままだった。店の商品を羽織って変装したのだろう、と警備員は推測した。
試着室の中に人が潜んだ形跡はない。飲食物も指紋もなく、天井裏へ抜ける隙間もない。ただ、試着室の鏡の端に、赤い影が一度だけ映っていた。顔のある高さには何も映らず、肩から下だけが滑るように通り過ぎている。
在庫表では、赤いコートは閉店時にマネキンが着ていたことになっていた。店長は、侵入者が脱がせて羽織ったのだと説明した。しかし細い袖を人が急いで着たなら、裏地に汗や皮脂が残るはずだ。鑑識が採取したのは、合成樹脂の擦れた粉だけだった。
私は売り場のマネキンを調べた。一体だけ台座の車輪に新しい油が差され、赤いコートと同じ値札の穴が首元に残っていた。バックヤードには、商品を夜間に動かすための細い牽引ロープがある。
映像を拡大すると、女の足だと思っていた黒い部分は靴ではなかった。マネキンの台座を隠す布だった。床の目地を一定に進んだのは、人が歩いたからではなく、電動の展示台が決まった速度で動いたからだ。
試着室の死角へマネキンを滑らせ、その背後を店長が通る。カメラは赤いコートを人として追い、動体検知の枠を固定する。その間に首飾りを外し、搬入口へ運べた。
閉店後の店内を歩いていた女は、最後の客ではない。
そもそも女ですらなかった。
試着室へ消えたのは赤いコートを着せられた人形で、画面から消えていた人間は、最初からその後ろにいた。