開いたままの入口
深夜のコンビニでは、人の事情が商品棚よりきれいに並ぶ。
毎晩同じ時刻に牛乳を買う老人、値引き弁当を裏返して期限を見る学生、雑誌を立ち読みして何も買わない作業服の男。私は誰にも興味がないふりをして、だいたい覚えていた。
午前二時、最後の客が出たあと、自動ドアが開いたまま閉じなくなった。
その瞬間、店内の蛍光灯の唸りも、道路を走るトラックも、レジ横で落ちかけたレシートも止まった。
動けるのは私だけだった。
床を確認しに行くと、入口の外で、雑誌を読むだけの男が片足を上げたまま固まっていた。胸元から、薄い封筒が落ちかけている。
拾うと、宛名は店長だった。
中身は履歴書と、短い手紙。
「夜勤の人が受験勉強をしているので、空きが出たら代わります。あの人には言わないでください」
レジ下には、私が隠していた参考書がある。父が倒れて大学を辞めたあと、もう一度資格を取ろうと決めた。けれど勤務を減らせば家賃が払えない。誰にも話していないつもりだった。
男のポケットには、不採用通知が何通も折られていた。求人誌の端には、この店の仕事内容を覚えるための細かな書き込みまである。
自分の仕事さえ決まっていないのに、彼は私の夜を空けようとしていた。
時間が戻る前に、私は封筒を入口のマットへ置き直した。
ドアが閉まり、レシートが床へ落ちた。
男は封筒に気づき、慌てて拾う。私と目が合うと、雑誌を一冊レジへ持ってきた。
「これ、ください」
求人情報誌だった。
「それなら、今月号は明日入ります」
「じゃあ、明日も来ます」
私は店長を呼び止めた。
「明日の夜勤、面接を一件入れてもらえませんか」
男が目を見開く。
「人手、足りないでしょう」
本当は足りていた。
けれど、人の事情は棚の商品と違って、空いた場所へきれいに補充されるものではない。少し押し合えば、二人分の居場所ができることもある。
翌週、私は初めて夜勤を休んだ。
試験会場へ向かう朝、自動ドアはきちんと開いて、きちんと閉じた。
ガラス越しに、作業服を脱いだ彼が、不慣れな会釈をしていた。