雪解け井戸

北峰村の冬、水汲みは命懸けだった。

村の井戸は凍り、女たちは谷川まで往復した。去年は一人が氷で足を折った。それでも旧領主は「春まで耐えよ」と言い、暖炉のある館で湯を使った。

領地を受け継いだオティリアは、凍った井戸の蓋に手を置いた。

「井戸を深くする必要はありません。凍らせなければいいのです」

彼女が示したのは、井戸を覆う小屋と、鍛冶場の煙道を遠回りさせて床石を温める仕組みだった。

費用は羊毛税の一部、銀貨十一枚。支出は酒場の壁へ掲示。各家の負担は、丸太二本か半日の作業のどちらか。老人だけの家、病人のいる家は免除。余った材木は勝手に館へ運ばず、共同薪に戻す。

「免除された家ほど先に使うのか」

若い猟師が不満を漏らす。

オティリアは頷いた。

「凍った坂を歩けない者からです。あなたが老いた日も同じです」

その言葉で全員が納得したわけではない。

けれど翌朝、猟師は一番太い丸太を二本、井戸の横へ転がした。鍛冶屋は煙道を無償で曲げ、羊飼いは隙間を塞ぐ羊毛を持ち寄った。免除された老婆たちは小屋の中で飲ませる熱い香草茶を煮た。

誰も徴発兵に追い立てられていない。自分の名を作業板へ書き、自分の足で来た。

完成した夜、気温は窓の水滴さえ凍らせた。

皆が息を白くして小屋の扉を開ける。床石はほんのり温かく、滑車の縄は柔らかいままだった。

オティリアが桶を下ろす。暗い底で、ぽちゃん、と夏と変わらない音がした。

最初の水は、去年足を折った女性の薬缶へ注がれた。

彼女は両手で薬缶を抱え、しばらく動かなかった。

「軽いね」

水の重さではない。谷まで歩かなくてよい、その帰り道のぶんだった。

小屋の外では雪が降り始めた。

扉の上に、猟師が焼き印を押した板を打ちつける。

――冬も開く井戸。

――丸太を出せない者も、手を出せない者も、水は同じ。

煙道から立つ細い湯気と、汲みたての水の湯気が重なり、白い夜へまっすぐ昇っていった。