零番線の留守電
倉橋遼巡査部長は、二階堂紫苑の留守電を地下鉄会社の構内図と重ねた。
紫苑は高級クラブで政財界の会話を拾う情報屋だった。二日前、「警察が保護した証人を別の組へ渡している」と告げ、証拠を持ってくるはずだった。待ち合わせには現れず、残ったのは午前一時十三分の留守電だけ。
――零番線にいる。迎えはいらない。封筒だけ拾って。
背後で、営業終了後の構内放送が流れている。
――まもなく、回送列車が通過します。
地下鉄に零番線はない。遼が鉄道警察隊へ照会すると、警察と消防だけが使う訓練用ホームが車両基地の地下にあり、通称「零番線」と呼ばれていた。昨夜そこを使用したのは、県警の警護課だった。
報告書提出前、警護課長が記録室へ現れた。
「訓練音源を紫苑がどこかで拾っただけだ。女は国外へ逃げた」
「入退場記録に、紫苑の偽名があります。基地の監視映像は入場から退場までの二十六分だけ保存失敗で、障害報告者はあなたの副官です。偶然とは呼べません」
「協力者として招いた。保護のためだ」
遼は留守電の後半を再生した。
――封筒は、黄色い停止標識の裏。中を見たら、私を探さなくていい。探すふりをした人間の名がある。
声の向こうで男が言う。
――時間だ。携帯を置け。
それは警護課長の副官の声だった。零番線を現場検証した遼は、停止標識の裏から薄い封筒を見つけている。中身は証人移送計画の写し。護送先が三度変更され、最終変更者はいずれも警護課長。変更直後、証人は襲撃されていた。
課長は封筒へ手を伸ばした。
「機密文書の不正持ち出しだ。これを証拠にすれば、お前自身が処分される。警護の信用が崩れれば、県全体の要人警備が止まるぞ」
遼は封筒を引かなかった。その代わり、留守電を再生したまま、現場発見物として証拠袋へ滑らせた。
黄色い標識の写真、入退場記録、移送計画を添え、提出先を監察と裁判所の保全係に指定する。最後に封筒の口を閉じ、課長の目の前で封印印を押した。