青い付箋
播磨惣一警部補の手元には、青い付箋が貼られていた。
――端末IDには触れるな。動機と金銭だけ確認。
被疑者の赤松杏は、保護対象者の住所を外部へ漏らした疑いをかけられている。県警のデータ入力を請け負う契約社員。住所が漏れた翌日、対象者は襲われ重傷を負った。赤松の口座には二十万円が振り込まれていた。
「振込人を知っていますか」
「知りません」
「住所を売った対価では」
「そう書けば、あなたの仕事は終わるんでしょう」
赤松は青い付箋へ視線を落とした。
「前の刑事さんも同じ色でした。三つだけ聞かなかった。端末番号、職員証、午前二時十三分」
惣一は表情を変えなかった。だが三つとも、付箋で禁じられた質問に直結している。
「なぜ、その時刻を知っている」
「アクセス履歴を見たから。私のIDで住所が開かれたのは二時十三分。でも私は一時に退庁してる。端末は警務部の個室。入るには職員証が要る」
退館ゲートには一時四分の記録があり、赤松の職員証はその後、警備室の返却箱へ入っていた。二時十三分に使われたのは、契約社員のIDだけで、扉を開けた職員証は別にある。
「二十万円は」
「口止め料。断った翌日に振り込まれた」
監視窓の向こうで、水口管理官が咳払いした。惣一の携帯に『誘導されるな。予定どおり自白へ』と届く。
赤松は身を乗り出した。
「私が売ったと言います。その代わり、一つだけ声に出して聞いてください」
「何を」
「二時十三分、誰の職員証が警務部の扉を開けたのか」
取引だった。赤松は自分の有罪を差し出し、質問だけを記録に残そうとしている。その質問が存在すれば、消された入退室ログにも捜査義務が生じる。惣一が避ければ、組織は沈黙を手に入れる。
青い付箋の角が、空調で小さく震えた。
惣一は録音機へ向き直った。
「午前二時十三分、警務部個室へ入った職員証の名義を答えてください」
赤松はゆっくり、水口のフルネームを口にした。
監視窓が強く叩かれる。惣一は付箋を剥がし、裏に時刻を書いた。それを供述調書ではなく、証拠保全申請書の中央へ貼る。
水口が扉を開けるより先に、惣一は申請書を電子決裁へ送った。