青い花のクッキー缶

甲斐崎紗英は、解体同意書を鞄に入れたまま、洋菓子店「すずらん堂」の青いクッキー缶を眺めていた。

紺色の地に、水色の花がぐるりと描かれている。祖母の家にも同じ缶があり、食べ終えたあと、針や糸や古い鍵を入れていた。祖母が亡くなって一年、空き家になった家を残すか壊すか、親族の話し合いは紗英の署名だけで止まっていた。先週、管理会社から雨漏りの写真が届いた。天井の染みは祖母の寝室まで広がり、残すための費用も、誰かが住む予定もなかった。

缶を買えば、何かを守れる気がした。そんな考えが幼いと分かっていても、手を離せなかった。

「包装しますか」

店主が茶色い紙を広げた。

「自分用です」

店主は紙を畳んで戻し、缶の蓋と本体を細い透明テープで二か所だけ留めた。持ち帰る途中で開かず、食べ終えたら跡を残さず剥がせる幅だった。さらに、底へ貼られていた商品説明のシールを爪先で少し起こし、「こちらもきれいに取れます」と確かめた。

何も永久には貼りつけない包装だった。

紗英は会計をしながら、祖母の家の台所を思い出した。家そのものが祖母なのではない。縁側も柱の傷も、残せば守ったことになると思い込んでいたけれど、誰も住まない家は湿気と冬を受け続けている。

店主は缶を紙袋へ入れず、そのまま両手で渡した。青い花が見える。

店を出た紗英は、向かいの公衆ベンチに座った。解体業者から届いた電子契約の画面を開き、署名欄へ指で名前を書く。線は途中で少し震えたが、戻るボタンは押さなかった。

送信後、缶の透明テープを一つだけ剥がす。中には、丸いバタークッキーが同じ間隔で並んでいた。紗英は一枚食べ、空いた場所へ鞄から祖母の家の小さな真鍮の鍵を置いた。

家はなくなる。鍵も、いずれ何も開けなくなる。それでも青い缶は、菓子を入れる役目を終えたあと、別のものをしまえる。

紗英は蓋を閉め、残った一本のテープをゆっくり剥がした。花模様には、どこにも傷がつかなかった。