青染めの水革

砂壁の外で、井戸奉行ナーディル・サリムは青い水革を敵将ザフィラへ差し出した。

「飲め。城にはまだ水がある」

背後の城壁では、弓兵が二人を狙っている。スルタン・カーディルの命令は単純だった。最後の清水を満たした革袋を見せ、包囲軍に持久戦を諦めさせる。城内の民は三日、泥を濾して飲んでいたが、敵は知らない。

ザフィラは口をつけ、すぐに革袋を離した。

「薔薇油の味がする」

ナーディルは黙っていた。

王宮の地下には、王族だけが使う小さな貯水槽がある。そこへ薔薇油を一滴落とすのが宮廷の習わしだった。水が腐っていない証しだという。地上で子供が舌を腫らし、兵が尿を飲んでいても、王の水だけは花の香りがした。

「城に水があるのではない」とザフィラは言った。「王にだけある」

「そうだ」

城壁から怒鳴り声が飛んだ。

「何を話している、ナーディル!」

スルタンの侍従だ。近くに監視役を伏せている。余計なことを言えば、矢が来る。

ザフィラは水革を返した。

「私が攻めれば、最初に死ぬのは民だ」

「攻めなくても死ぬ」

「門を開けられるか」

ナーディルは青革の縫い目を指でなぞった。底には真鍮の小鍵が縫い込んである。城外の古い導水路につながる水門の鍵だ。昔は洪水のときだけ開いた。今夜そこを開けば、敵兵は腰まで水に浸かりながら城内へ入れる。

ただし、道幅は二人分しかない。ザフィラが約束を破り、略奪兵を入れても止められない。

「条件は」と敵将が問う。

「王宮の貯水槽を先に民へ開けろ。スルタンの首は、そのあと好きにしろ」

「おまえは助けぬ」

「井戸奉行が主を売った。助かる名ではない」

監視役の弓弦が鳴った。ナーディルは身をひねり、矢を肩で受けた。熱い血が青革へ落ち、薔薇の匂いが鉄臭さに消えた。

ザフィラの護衛が盾を上げる。

ナーディルは短刀で革袋の底を裂いた。水が砂へこぼれ、小鍵が掌に残る。城壁の上で侍従が「射殺せ」と叫んだ。

彼は導水路の石扉へ歩き、鍵を差し込んだ。

乾いた音とともに錠が外れ、砂の下で水門が開き始めた。