非常電話は三・二キロ先

道路救援の指令室で、冬木砂羽が最後の案件を閉じようとした午前四時四十八分、緊急回線が鳴った。

「高速道路で車が止まりました。現在地を送ったんですが、暗くて何も分かりません」

一人で運転していた女性だった。位置情報は西向き車線のインターチェンジ付近を示している。後輩は最寄りの救援車を選び、到着予定二十五分と表示した。

砂羽は通話記録に入った短い環境音を聞き直した。一定間隔で大型車の音が近づき、遠ざかる。その間に、女性が「青い非常電話の標識が見える。三・二」と言った。

地図上の西向き車線に、三・二キロの標識はない。あるのは反対側だった。スマートフォンの位置が中央分離帯を越えて吸着している。

「救援車を送る向きが逆です。確定を待って」

砂羽は道路会社の非常電話番号一覧を開き、標識の数字と照合した。東向き、次の退避スペースまで約四百メートル。ただし利用者を歩かせる判断はしない。道路会社へ車両位置を伝え、巡回車と救援車を同じ入口から向かわせた。

後輩は、すでに選んだ業者へ取り消し連絡を入れた。

「位置情報が出ていたので、合っていると思いました」

「地図は答えじゃなくて、証言の一つ。道路では向きが違うだけで、二十五分が一時間になる」

十分後、巡回車が到着した。女性の声から張りつめたものが抜けたのを確認して、砂羽は通話を終えた。救援車の到着画面には、最初に選んだ西向きの車両がまだ遠ざかっていく軌跡も残っていた。

朝の記録には、位置情報、進行方向、非常電話標識の三つが一致しない場合の確認手順を追加した。後輩が作った初動メモも消さず、どこで判断が分かれたかを横に書いた。

砂羽には、昼間の法人営業への異動案が出ていた。夜勤を続けるより昇進しやすい、と課長は言った。けれど彼女が変えたいのは、現場から離れることではない。新人が最初の地図を信じ切らないようにすることだった。

退勤打刻の前、砂羽は異動希望欄へ〈指令教育担当〉と書き、営業の欄を空白にして提出した。