風向きを変えた煙突
グラートが辺境監察官を解任された理由は、報告書へ正直に書きすぎたからだった。
貴族の横領も、倉庫の空袋も、飢えた村の人数も、彼は一桁もごまかさなかった。結果、口封じ代わりに渡された山裾の土地へ着くと、廃屋の脇に古い共同パン窯があった。
火を入れてみれば、煙が全部こちらへ戻ってきた。
「数字は読めても、風は読めないらしい」
近くで炭を焼く老女ペペが笑った。グラートは咳き込みながら煙突を見上げた。高さが足りないのではない。谷から吹く横風が、先端へ蓋をしている。
初日の仕事は、煙突の向きを変えることにした。
崩れた石垣から平たい石を集め、煙突の上に片側だけ高い風除けを組む。泥を塗り、一段積んでは地面から角度を確かめる。監察官時代、彼は帳簿の小さな違和感を見逃さなかった。同じ目で煙の筋を追った。
最後の石を置く前に、グラートは乾いた草を一房投げて流れを見た。草は谷側へ転がらず、煙突の影へ吸われた。帳簿の合計が合ったときと同じ静かな確信があった。
最後の石を置き、火をつける。
白い煙は一度だけ窯口へ揺れたあと、煙突へ吸われた。先端から出た煙が、風除けに沿って山側へ細く流れる。グラートの目の前から、涙を誘う灰色が消えた。
ペペが無言で粉袋を置いた。二人で水を足し、固い生地を薄く伸ばす。窯の床へ並べると、薪が乾いた音で爆ぜた。
しばらくして、焼けた平パンの香りが、煙ではなく風に乗って戻ってきた。表面には小さな焦げ目が浮かび、割れば熱い湯気が指を包む。
香りにつられ、山裾の子どもが二人、空の椀を抱えて現れた。ペペは何も言わず、焼けた平パンを石台へ置く。
一枚しかない。グラートは目分量で割らず、元監察官らしく長さを測り、重さを指先で確かめ、四つに分けた。
「自分の分まで同じ大きさだね」と子どもが驚く。
村では、税を集める者ほど自分の取り分を厚くするのが普通だったらしい。ペペは煤けた木札と炭筆を差し出した。
「共同窯の粉を預かる帳面番が要る。嘘を書かない者がいい」
金章より小さな木札だった。グラートはそこへ、粉一袋、パン一枚、四人、と記した。
風向きを変えるのに、王都の許可はいらなかった。彼は煙のない空気を胸いっぱい吸い、正しく焼けた四分の一を、誰にも多くも少なくもせず口へ運んだ。