首ではなく麦を刈る日
ドゥランの手に鎌を持たせるな、と王都では誰もが言った。
二十年、処刑役人だった。命令されたものを、一度も外さず断ってきた。戦が終わると、王は彼の正確さを恐れ、「静養」の名で辺境へ捨てた。
荒れた家の壁に、古い魔鎌が掛かっていた。《選別》の銘。刃に触れた者が「収穫する」と定めたものしか切れない。
「便利すぎて兵には使えん」と札にある。
ドゥランは、その日初めて笑った。
家の裏には、野生の麦が一列だけ金色に残っていた。穂の間には青い花が咲き、低いところに雲雀の巣がある。普通の鎌ならまとめて薙ぐしかない。
彼は一度だけ息を整えた。
「刈るのは、熟した麦だけだ」
鎌を引く。
しゃり、と乾いた音がした。
麦の茎だけが根元から倒れ、青い花は揺れただけだった。巣の上を刃が通っても、雛の産毛一本傷つかない。二振り、三振り。金色の束が腕へ重なり、残すべきものは夕風の中に立ち続けた。
途中、刃に自分の顔が映った。王都では鎌を持つと、人々は道を空けた。ここでは雲雀がすぐそばで餌をついばみ、青い花に蜂が止まっている。
怖がられない手の置き場が、ようやく見つかった。
最後の穂を切ったとき、雲雀が空へ上がった。
ドゥランは鎌を置き、刈った麦を小さく束ねた。結び目は不格好で、一度ほどけた。処刑台の縄なら目を閉じても結べたのに、麦束は初めてだった。彼は急がず、二度目を結び直す。
全部で一抱え。王の首より軽く、今まで受け取ったどんな褒賞より温かかった。
夕暮れ、彼は備蓄の粉で薄い平焼きパンを作り、摘んだ麦粒を鉄鍋で煎った。粒がぱち、ぱちと弾け、香ばしい匂いが古屋を満たす。
黒い伝書鴉が窓へ止まり、王印の封書を落とした。
新たな反乱。執行役への復帰命令。
ドゥランは封蝋を見たまま、焼けたパンを裏返した。じゅう、と生地が鳴る。
手紙は開かなかった。
「今夜、刈るべきものはもうない」
彼はパンを二つに割った。白い湯気が上がる向こうで、刈り残した青い花が暮色に揺れていた。