首と同じ色の王妃
南方出身の王妃アシェラは、肖像画の日を嫌っていた。
王都の白粉はどれも肌を灰色にし、首との境に白い線を作る。宮廷化粧師は「高貴な肌は白くあるべき」と厚く塗り、陰で王妃を煤色と呼んだ。完成した肖像は毎回、本人より白い別人になる。
今度の肖像は条約締結の記念画だ。十二国へ複製される。宮廷化粧師は最高級の象牙粉を用意し、「これで南方の色も隠せます」と王妃の前で言い切った。
百貨店の美容部員だった転生者ヤエルは、白粉を混ぜる前に窓を開けた。
「鏡台の蝋燭ではなく、昼の光で見ます」
彼女は王妃の顎から首へ、三本の細い色を引いた。黄色みの強い色、赤みの強い色、その中間。正面ではどれも似ていたが、窓辺へ移ると二本は線のまま浮き、一番暗く見えた中間色だけが肌へ消えた。
宮廷化粧師が笑う。「王妃にそんな土色を?」
ヤエルは消えた一本と同じ粉だけで片頬を仕上げた。厚く隠さず、薄く重ねる。王妃が横を向くと、顔から首まで色が途切れない。反対側の従来化粧は、耳の前に灰色の膜を作っていた。
肖像画家が筆を止めた。
「いつも顔色を直すのに二刻かかります。今日は下描きの色をそのまま使えます」
ヤエルは十人の侍女にも顎の三本試しを行った。選ばれた色は全員違ったが、仕上げ後は誰も仮面のようにならない。作業は一人三分。白粉の使用量は従来の半分だった。濃い肌の侍女が鏡を見て、初めて首元を布で隠さず笑った。
宮廷化粧師は白さこそ格式だと叫んだ。王妃は濡れ布で、灰色の片頬だけを拭い取る。そしてヤエルの粉を自分の指で重ねた。鏡の中で初めて、顔と首が一人の人間としてつながった。
画家は一刻早く下描きを終えた。王妃の肌色を直すために用意していた白絵具は、一度も蓋を開けられなかった。十二国へ送る試し刷りでも、顔だけ浮くことはない。王は絵の前で足を止め、「ようやく本人が描かれた」と呟いた。
王妃は肖像画の契約書を裏返し、化粧品欄に自ら署名した。
「王宮全員の色をヤエルが決める。今季の白粉、千箱を注文します」