黄色い踏み台

千歳谷紗弓の台所には、黄色い折り畳み踏み台がある。

百四十七センチの紗弓が上の棚から鍋を取るには欠かせない。けれど、人が来る日は洗濯機の横へ隠した。子ども用みたい、と言われたことが一度ある。それ以来、踏み台を見られるくらいなら、流し台によじ登る方を選んだ。

小柄だと知られること自体ではなく、小柄な人として扱われるのが怖かった。可愛い、若く見える、守ってあげたい。褒め言葉の形をした言葉に囲まれるたび、紗弓は仕事も暮らしも一人でできる証明を増やした。

新居へ越して初めて、職場の友人が夕食を作りに来る日。紗弓は午前中から床を拭き、余計なものを収納した。黄色い踏み台も、いつものように脱衣所の奥へ押し込んだ。

友人が来る十分前、味噌汁用の片手鍋を出そうとした。引っ越し業者が入れたのか、鍋は最上段に重ねられている。紗弓は流し台の縁へ手を置き、片足を上げた。

先月できた膝の青あざが、床についた。前に同じことをして滑り、扉の角へぶつけた跡だった。誰にも見せないための行動で、見えない場所ばかり傷が増えている。

インターホンが鳴る。

鍋は棚の奥でわずかに揺れた。無理に引けば、重なった蓋ごと落ちる。紗弓は、友人の目の前で転ぶ未来と、踏み台を見られるだけの未来を並べた。どちらが本当に恥ずかしいのか、初めて順番をつけた。

紗弓は片足を下ろした。玄関へ向かう前に脱衣所へ行き、洗剤の箱の後ろから踏み台を出す。台所の棚の前で開くと、金具が乾いた音を立てた。

友人を迎えたあと、紗弓は踏み台に乗って鍋を取った。身長を笑いに変える前置きも、「恥ずかしいけど」という言葉もつけなかった。鍋を受け取った友人は、何も特別な顔をせず水を入れた。

二人で食べ終え、友人が帰ったあと、紗弓は洗い物を片づけた。最上段へ鍋を戻そうとして、少し考える。鍋は下の棚へ移した。

踏み台は畳まず、冷蔵庫の脇に置いた。

白い台所に、黄色だけがよく目立つ。紗弓はそれを隠さないまま、部屋の灯りを消した。