黒尾狐が破るのは密書だけ

黒尾狐ノクスは王宮の文書庫を守る魔獣だったが、近年は「紙喰いの災い」と呼ばれていた。

なぜならノクスは大臣の決裁書ばかりを引き裂き、近づく書記には牙を向けたからだ。宰相は「老いて狂った」と断じ、今日にも首輪を付けて地下へ移すという。

見習い書記ユノアは、破られた紙片を片づけながら奇妙なことに気づいた。狐は紙を食べていない。赤い封蝋の部分だけを噛み潰し、すぐ吐き出している。

そして鼻先の黒い毛が、ところどころ焼けたように縮れていた。

「封蝋が痛いのね」

周囲は笑った。王宮の封蝋は最高級品で、聖なる香を練り込んである。だがユノアは実家が蝋燭屋だった。焦げた匂いの奥に、毒性のある赤鉱油を嗅ぎ分けた。

宰相が地下移送を命じた時、ノクスは棚の上で毛を逆立てた。兵士が捕獲網を広げる。

ユノアはその前へ進み、水だけを入れた木椀を置いた。

「口を洗わせてください。紙には触れません」

黒尾狐は低く唸ったが、焼けた舌が渇いていたのだろう。慎重に水を舐めた。ユノアはもう一椀へ薄い乳を入れ、痛んだ口内を和らげる薬草粉を混ぜる。

飲み終える頃には、逆立っていた七本の尾が一つずつ下りていた。

彼女が無香料の蜜蝋を差し出すと、ノクスは鼻を寄せ、安心したようにくしゃみをした。その後、宰相の机から落ちた新しい決裁書へ飛びつき、赤い封蝋だけを前足で示す。

調べれば、赤鉱油は封を開けた者の判断を鈍らせる禁制薬だった。宰相はその場で拘束され、ユノアの指摘は王命を救った。

けれど彼女が最も驚いたのは褒賞ではない。ノクスが机から降り、七本の尾で彼女を囲み、膝へ細い顎を預けたことだった。墨色の額に契約印が浮かぶ。

王命で保管中の封蝋がすべて調べられ、見習いたちが原因不明の頭痛に悩んでいたことも判明した。ユノアは褒賞の金貨より先に、無害な封蝋の作り方を文書化する。ノクスは完成した最初の一枚を嗅ぎ、今度は破らず、前足で承認の印を押した。

尾の毛は夜の絹より柔らかく、重なった七枚の温もりが、冷えた膝へ毛布より確かな重さで積もった。