拍手の終点
瑞邦フーズの月曜朝礼で、椎橋理央は新しい工場改革部長として壇上に立っていた。
社長は彼女を「赤字工場を半年で黒字化した再生のプロ」と紹介した。先月買収した子会社で、椎橋が成し遂げたという実績だ。社内報の号外にも同じ肩書が載り、百人ほどの社員が拍手した。椎橋は控えめに頭を下げ、花束を受け取るため半歩前へ出た。
後方にいた経理主任の桐生だけが、拍手をしていなかった。社内報に載せる実績記事の裏取りを任され、昨夜まで買収データを確認していたからだ。
「社長、一点だけ確認してもよろしいでしょうか」
朝礼の空気が薄くなる。新任部長を祝う花束を抱えた総務社員まで動きを止めた。椎橋は笑顔のまま、「数字の話なら後ほど」と返した。
桐生は壁面スクリーンに、買収後に移管された子会社の共有ドライブを映した。社員たちの正面で疑う以上、推測ではなく、誰でも同じ結論へたどり着ける記録だけを選んでいた。改革プロジェクトの開始は二年前。椎橋のアカウントが作成されたのは、その十一か月後だった。
「旧アカウントがありました」
「移行対応表では、旧アカウントなしとなっています」
桐生が次の資料を出す。プロジェクト期間中、椎橋が予約した会議室は一件だけ。黒字化達成の表彰式で、用途欄には〈司会補助控室〉と書かれている。改革会議の議事録、予算ファイル、取引先へのメールCCに彼女の名はない。
椎橋の声が低くなった。「私は表に出ず、社長室の特命で動いていました」
「では、当時の社長室長から今朝届いた回答をご覧ください」
メールには短く、〈椎橋氏は式典運営会社から来た派遣スタッフで、改革業務には関与していない〉とあった。添付の契約書にも、担当は受付・司会補助と明記されている。
社員たちの手が、一人ずつ下りていった。
社長は椎橋を見た。椎橋はまだ壇上にいたが、さっきまでより一段低い場所に立っているように見えた。
社長はマイクを取り直した。
「ただいまの部長就任発表を撤回します。椎橋さんの任命は、本日付で取り消します」