「なんでもいい」禁止令

紗英は、駅前の屋台で夕食を決められずにいた。焼き餃子、汁なし麺、香草のきいた鶏粥。どれを見てもおいしそうなのに、列の後ろに人が並ぶと、口から出るのは決まって「おすすめで」だった。

友人との旅行先でも、恋人と別れた夜でも、会議で意見を求められたときでも同じだった。相手が選んだものに不満があっても、あとから黙って飲み込んだ。別れ際に「君は何が欲しいのか分からない」と言われたときさえ、「そうかも」と相手の言葉を選んだ。自分で選んで外すくらいなら、誰かの正解に乗ったほうが傷つかない。

屋台の端に、百個ほどのボタンを縫いつけたマント姿の旅人が座っていた。代金を払うたび、マントからボタンを一つ切り取るらしい。店主が困った顔をしても、旅人は「これは北の町で三杯ぶんでした」と胸を張った。

紗英が注文口で「なんでも——」と言いかけると、旅人が横から木札を差し出した。赤い字で「本日、なんでもいい禁止」とある。

「選べない人から、順に使います」

「あなたが決めてくれるんですか」

「決めるのは、いちばん困っている人です」

旅人は紗英の前に三つのボタンを並べた。丸い赤、四角い青、欠けた白。

「正しいものではなく、今、指が触れたいものを一つ」

紗英は意味が分からないまま、赤いボタンに触れた。旅人は満足そうにそれを外し、辛そうな赤いスープを注文した。ひと口すすった途端、涙を流して咳き込んだ。

「外れたじゃないですか」

「選ぶと、外れることがありますね」

それだけ言って、旅人は笑いながら水を飲んだ。教訓らしい続きはなかった。

紗英の番が来る。店主が「初めてなら鶏粥が食べやすいですよ」と勧めた。後ろの客が足を鳴らす。いつもの言葉が喉まで上がった。

そのとき、鉄鍋で餃子の底が焼ける音がした。油の匂いに黒酢の酸味が重なる。紗英はさっきから、そればかり見ていた。

おすすめを断って失敗しても、一食ぶんだ。誰にも責任を預けずに済む。

紗英は木札を裏返し、メニューを指で押さえた。

「焼き餃子を六つ。焦げ目が強いところをください」

自分の声で注文すると、旅人のマントから、どこかで赤いボタンが転がり落ちた。