お妾さんは蔵の中
江戸の呉服問屋・伊勢屋の主人、宗兵衛が蔵に女を囲っている――そんな噂を、お駒は魚屋から聞いた。
「白い肌で、紅い口。毎晩、旦那が着物を替えてやるそうで」
帰宅した宗兵衛を、お駒は火鉢の前に座らせた。
「蔵に誰かいるね」
「ねずみならいる」
「ねずみに紅を引くのかい」
宗兵衛の眉が跳ねた。
「見たのか」
「見なくても分かるよ。毎晩、こそこそ会ってるんだろ」
「湿気が大敵だからな」
「ずいぶん繊細なお妾さんだ」
「肌が荒れると値打ちが下がる」
「値打ちで女を見るのかい!」
「商売人だから当然だ」
お駒は火箸を強く置いた。
「どこで知り合った」
「京だ」
「遠くから連れてきたね」
「一目で惚れた。姿がよく、立たせても座らせても絵になる」
「よくしゃべるのかい」
「いや、口は堅い」
「私より?」
「比べものにならん」
襖の向こうで奉公人たちが息を呑んだ。
「名前は」
「お白」
「安直だね」
「白いからな」
「年はいくつ」
「二百年ほど」
「化け物じゃないか!」
「古いほどいい」
お駒は立ち上がった。
「今すぐ会わせな」
「乱暴に触るなよ。首が取れる」
「やっぱり化け物だ!」
二人が蔵へ入ると、月明かりの中に白い女が立っていた。紅い唇、艶やかな打掛、長い黒髪。お駒は息を呑む。
宗兵衛が灯りを掲げると、女の顔に一本の筋が見えた。
「京の古い人形だ。来月の雛市で店の目玉にする。競り落としたことは商売敵に秘密だった」
「毎晩、着物を替えてたのは」
「一番映える組み合わせを試してた」
「首が取れるって」
「人形だからな」
宗兵衛が首を外して埃を払うと、お駒は腰を抜かした。
「先にそれを言いな!」
「お前がしゃべらせなかった」
「口の堅さを褒めたのは?」
「人形だから秘密を漏らさない」
「私と比べものにならないって?」
「そこだけは言葉を誤った」
宗兵衛が頭を下げると、お駒は人形の首を抱えたまま、しばらく返さなかった。
翌朝、店先にお白が飾られた。
札には、お駒の筆でこう書かれていた。
『当店主人の二号。口答えせず、たいへん好評』。