ぶり大根の二日目

 伏見亘が一年半ぶりに「つむぎ」へ顔を出すと、店主は鍋の底から色の濃い大根を選んだ。

「二日目のほうが好きだったろ」

 亘は返事に詰まった。以前は、ぶりよりも出汁を吸った大根を楽しみに通っていた。転勤して足が遠のいたのに、その好みだけは鍋の中に残っていたらしい。

 皿から醤油色の湯気が上がる。生姜と魚の脂が混じった匂いは濃く、大根へ箸を入れると、抵抗なく十字に割れた。中心から染み出す煮汁は熱く、舌の上へ甘辛さが広がった。

 母から、実家へ戻ってこないかと言われている。

 父が倒れ、家の金物店を開けられる日が減った。命に別状はないが、重い荷物はもう持てない。母は「半年だけでも」と言う。だが亘は、店の古さも、父の頑固さも知っている。半年が一生になる気がした。

 今の仕事にも未練はある。ようやく任された商品開発は、来月から試作へ入る。戻れば同僚に渡すしかない。かといって、電話越しに聞こえた母の疲れを、知らないふりもできない。

 父から直接、助けてほしいと言われたことはない。入院中の電話でも「店は閉めればいい」とだけ言った。そのくせ母には、亘の部屋を物置にするなと頼んでいたらしい。帰ってほしいのか、帰ってほしくないのか、父自身も決められていないのだろう。

 亘は昨日、実家行きの切符を検索して閉じた。帰れば期待させる。帰らなければ薄情だ。その二つしかないと思っていた。

「味、染みすぎてないですか」

「中を見ないと分からんな」

 店主は割れた大根を顎で示した。

 亘は家族の共有チャットを開いた。

〈日曜に帰る。店の帳簿と、父さんが今できることを見せてほしい。戻る約束はまだできない〉

 続けて、会社の予定表に月曜午前の休暇申請を入れた。父は、家族を査定する気かと怒るかもしれない。母は半年だけという言葉を繰り返すかもしれない。数字を見ても答えが出ない可能性もある。

 それでも、想像だけで逃げるのはやめる。

 二日目の大根は外側が少し冷めても、中心に熱を抱えていた。甘い煮汁を飲み込むと、生姜の匂いが鼻へ戻り、腹の奥に遅い温度が残った。