ほどけたリボンの結び方
杏樹の裁縫箱には、色の褪せたえんじ色のリボンが入っている。新しい店の看板を出す朝、それが糸巻きに絡みついた。
十八歳の文化祭で、教室を一日だけのファッションショー会場にした。杏樹と眞白は衣装係で、放課後を何週間もミシンの前で過ごした。卒業後も同じ服飾大学へ行き、いつか二人で店を開く。それが決まった未来のように話していた。互いの不得意まで分け合えば、二人なら迷わないと思っていた。杏樹は型紙、眞白は色合わせ。将来も同じ机を挟むものだと疑わなかった。
けれど文化祭の最終日、客が帰ったあとの教室で、眞白は海外の専門学校へ進むと告げた。奨学金の結果が出たのだという。
杏樹は祝えなかった。衣装から外したえんじ色のリボンを、ほどけないよう強く結び続けた。結び目は小さく硬くなり、爪を立てても動かない。
眞白は向かいの席へ座った。説得も謝罪もせず、裁ちばさみを一度だけ鳴らした。リボンは結び目の真ん中で二つに分かれた。
「同じ形で残さなくていいと思う」
眞白は片方を自分のメジャーに結び、もう片方を杏樹の裁縫箱へ入れた。切り口から細い糸がほつれていた。杏樹は、約束まで乱暴に切られたようで泣きたくなった。けれど眞白の指もわずかに震えていた。行く人だけが軽いわけではないと、そのとき初めて気づいた。二人とも別の未来を選ぶのが怖くて、同じ夢の形にしがみついていたのだ。
そのあと二人は、黙って衣装をたたんだ。舞台で一番拍手を浴びた白いドレスも、裏返せば縫い目だらけだった。完成したものにも、見えない切れ目はある。それでも服は、人を次の場所まで歩かせる。
十年後、二人で店を開く約束は実現しなかった。眞白は遠い街で舞台衣装を作り、杏樹は商店街の小さな仕立て店を一人で始める。
杏樹は古いリボンを糸巻きからほどいた。店の包装には使わず、裁縫箱の内側へ結び直す。今度の結び目は、指先ですぐほどけるくらいにした。
シャッターを上げると、朝の光が作業台まで届いた。
約束は切れても、あの教室で覚えた手つきは残っている。杏樹は一人分の鍵で、自分の店を開けた。