もしもしは嘘を見抜く
唐櫃清子は、通販会社の電話窓口で働いている。
八時間、知らない人の声を聞き、「かしこまりました」「ご安心ください」と答える。帰宅後は、誰かと話す気力が残っていない。
その代わり、家ではセキセイインコのもしもしが喋った。
「オデンワ、アリガトウゴザイマス」
「それ、仕事を思い出すからやめて」
「カシコマリマシタ」
「絶対分かって言ってるでしょう」
もしもしは止まり木で首を傾げる。
鳥を迎えたのは三年前。最初は覚えた言葉を偶然並べているだけだと思っていた。
けれど、清子が姉からの電話に「元気、元気」と答えた瞬間、もしもしは受話器のそばで言った。
「ウソ」
姉が黙り、清子も黙った。
「今の、鳥?」
「最近覚えたの」
「誰が教えたのよ」
「テレビかな」
「ウソ」
もう一度言われ、姉が笑った。
清子もつられて笑ったが、電話を切ったあと、鳥籠の前へ座った。
「元気じゃないほどじゃないの」
「ウソ」
「疲れてるだけ」
「ゴハン?」
清子は返事に詰まった。昼の休憩を逃し、帰宅してからも何も食べていなかった。
冷蔵庫には卵と冷やごはんがあった。
小鍋で出汁を沸かし、ごはんを入れ、最後に溶き卵を回す。もしもしにはいつもの青菜と餌を用意した。
湯気が立つと、部屋へ昆布と卵の匂いが広がった。
「いただきます」
「ヨシ」
「上からだね」
「ヨシ、ヨシ」
もしもしは機嫌よく餌をつついた。
食べ終えるころ、姉から短いメッセージが来た。
〈今週末、何も用事ないなら電話しよう。元気じゃなくていいから〉
清子はしばらく画面を見て、〈うん〉と返した。
その日から、もしもしは「うそ」を乱用した。
「今日は定時だった」
「ウソ」
「本当」
「ウソ」
「これは本当だってば」
鳥は楽しそうに羽を膨らませる。
正確な判定ではないらしい。それでも、清子が自分に言い聞かせる嘘には妙に強かった。
金曜の夜、姉との電話を終えた清子は、鳥籠へ布をかけた。
「今日は少し元気になった」
暗い布の中から、しばらく返事がない。
やがて小さな声で、
「ヨシ」
と聞こえた。
卓上には飲み終えた生姜湯があり、甘く辛い香りが残っていた。清子は照明を落とし、鳥の寝息を聞きながら、今夜はその一言を信じることにした。