エンドロールのあとも

「エンドロールが終わるまでは、席を立たない」

森下小都里と朝比奈怜士が、映画を見るときの決まりだった。

大学を卒業してから五年、月に一度の土曜だけは欠かさない。恋愛映画でも怪獣映画でも、隣同士で座り、明かりがつくまで感想を言わない。観終われば駅前で夕食を取り、次の作品を相談して帰る。

二人きりでも、それはデートではなかった。怜士はいつも「映画友達」と言い、小都里も否定しなかった。名前を変えれば、この習慣まで失うかもしれない。それだけが怖かった。

その夜の作品が始まる前、小都里のスマホに通知が来た。友人に勧められて登録した婚活アプリから、翌週の面会確認だった。

怜士は画面を見てしまったらしい。

「来週、会うんだ」

「一度だけね」

「そっか」

予告編が始まり、会話は切れた。映画は、長い友人関係を終えて別々の道へ進む二人の話だった。小都里は内容より、隣の怜士が一度も笑わないことばかり気になった。

本編が終わり、客が次々に立つ。黒い画面を白い文字が流れても、二人は動かなかった。

最後の音楽が消え、場内が明るくなる。

小都里が鞄を持ち上げると、怜士が肘掛けの上で手を差し出した。立たせるためだと思ってつかむ。ところが立ち上がっても、彼は手を離さなかった。

「次、これ」

もう片方の手にあるスマホには、来月公開の作品の予約画面。その次、そのまた次。半年先まで、毎月二席ずつ押さえてある。

「予定、早すぎない?」

「誰かと会って、映画友達をやめるって言われる前に取った」

怜士は小都里のスマホを見た。小都里は婚活アプリを開き、翌週の面会をキャンセルする。続けてアプリそのものを削除した。

「映画友達は、やめたい」

怜士の指が一瞬緩む。小都里は逃がさないように握り直し、予約の参加者名を《小都里・怜士》へ変えた。

「来月は、名前で呼んで」

「今じゃだめ?」

「今がいい」

「小都里」

呼ばれた瞬間、映画の余韻より長く残る熱が手のひらへ広がった。

エンドロールが終わるまでは、席を立たない。

けれど二人は明かりがついたあとも、つないだ手をほどかず、次の物語へ歩き出した。