ネクタイを外す日
生徒会長は、六月になってもネクタイを外さなかった。
夏服では任意なのに、毎朝きっちり結び、結び目を指一本分も緩めない。先生にまで「暑くないか」と聞かれていた。
選挙に落ちた翌日も同じだった。
放課後、会議室で資料を片づけていると、彼女が窓際に立っていた。白いシャツ、紺のネクタイ、背筋だけはいつもどおり。
「新会長、決まったね」
「うん」
「悔しい?」
「別に」
嘘だった。机に置かれた投票結果の紙は、彼女のところだけ何度も折られていた。
中学から委員長を続け、次も当然選ばれると思われていた。本人も、そうでなければいけないと思っていた。
「ネクタイ、曲がってる」
私が言うと、彼女は慌てて触った。
「嘘」
「何でそんなこと言うの」
「外したら?」
彼女の手が止まった。
「夏服だよ」
「でも、だらしなく見える」
「今日はだらしなくていい」
彼女はしばらく黙り、結び目へ指を入れた。ゆっくり緩める。首元に隠れていた赤い線が見えた。
「苦しかった?」
「ずっと」
ネクタイを外した瞬間、彼女は深く息を吸った。
それから泣いた。
声を抑え、机へ額をつけた。私は資料をそろえるふりをして、隣にいた。
「会長じゃなかったら、何をすればいいんだろう」
「会長以外、全部できる」
「雑」
少し笑った。
翌朝、彼女はノーネクタイで登校した。教室の何人かが驚いたが、すぐに慣れた。
昼休み、新会長から文化祭の放送係を頼まれていた。人前で話すのが得意だから、という理由だった。
「受けるの?」
「会長じゃなくても、マイクは持てるから」
彼女は外したネクタイを細く畳み、鞄の奥へ入れた。
衣替えは、決められた日に服を軽くするだけだと思っていた。
けれど彼女はあの日、役職まで一枚脱いだ。
首元を通る風にまだ慣れない顔で、それでも前より大きく息をしていた。
秋、再びネクタイを結ぶ日が来た。彼女の結び目は以前より少し緩かった。それでも声は前よりよく通り、放送室の窓から校庭全体へ届いた。
私は、その声に毎日返事をした。