ネット越しのお疲れ
テニス部の最後の大会で、彼は一回戦から足をつった。
ベンチへ戻るたび、マネージャーの私は冷たいタオルを渡した。彼は首へ当てるより先に、タオルでラケットのグリップを拭いた。
「それ、汗拭き用」
「こいつも汗かいてる」
「物は汗かかない」
「三年間の相棒に冷たいな」
冗談を言う余裕があるうちは大丈夫だと思っていた。
試合はフルセットになった。最後のポイント、彼のサーブはネットにかかった。二本目は入ったが、返球に追いつけず転んだ。白い線の内側で、ボールだけが二度跳ねた。
整列のあと、彼は「お疲れ」と対戦相手に言った。笑顔だった。
学校へ戻るバスでは、一言も話さなかった。
夕暮れのコートで荷物を下ろしていると、彼が一人でネットを外し始めた。引退した三年生は片づけなくていい、と顧問は言っていた。
「最後だから」
みんな同じことを言う。
私は反対側の支柱へ行き、ネットを緩めた。二人で巻くと、中央で顔が近づいた。
「泣かないんだね」
私が言うと、彼は視線を落とした。
「泣いたら、最後のサーブが入る?」
「入らない」
「じゃあ泣かない」
強がりだった。
私は保冷箱から、使われなかった最後のタオルを出した。彼の顔へ投げると、冷たさに驚いて声を上げた。
「何すんの」
「ラケットじゃなくて自分に使って」
彼はタオルで顔を覆った。布の向こうから、息が乱れる音がした。
私は見ないふりをしてネットを巻いた。夕日がコートの砂を金色にしていた。
しばらくして、彼がタオルを外した。
「三年間、お疲れ」
初めて、私に向かって言った。
「それ、選手に言う言葉」
「マネージャーも試合してたでしょ」
「何と」
「天気、氷、顧問、忘れ物、俺たち」
最後だけ一番手強かった、と彼は笑った。
ネットを倉庫へ運ぶ途中、彼はタオルの端を持ったまま離さなかった。私も反対側を持っていた。
細長い白い布が、二人の間で小さなネットのように張った。
最後にどちらから手を離したかは、覚えていない。ただ、夕暮れのコートで交わした「お疲れ」だけは、卒業後も何度も思い出した。