レジ袋がふくらむ夜
比奈乃は、おにぎりを二つかごに入れてから、一つを棚へ戻した。
鮭と昆布。以前なら迷わず両方買った。帰宅の遅い人の分まで、好きなほうを選べるようにしていたからだ。
今は、玄関に靴が一足しかない。
別れたという事実は昼間なら簡単だった。住所変更、合鍵の返却、共有していた動画サービスの解約。やることを箇条書きにすれば、関係は手続きの形に収まった。
けれど午前二時の空腹は、まだ二人分の癖を連れてくる。
店内の空調は強かった。レジ脇に重ねられた白い袋が風を受け、一番上の一枚だけがふくらんだ。
吸って、吐く。
ふくらんで、しぼむ。
比奈乃は昆布のおにぎりと小さな味噌汁をレジへ置いた。店員が無言でバーコードを通す。電子音が二度。自動ドアの開く音が一度。
「袋はどうされますか」
「ください」
家まで三分なのに、比奈乃はそう答えた。
店員が一枚を取る。さっきまで空調に呼吸をさせられていた袋だった。おにぎりと味噌汁が入ると、薄い白は急に現実的な重さを持った。
会計を終え、出口へ向かう。
自動ドアの前で、傘を閉じたばかりの女性とすれ違った。両手がふさがっていた比奈乃のために、その人はドアのセンサーの下へ半歩残った。
ドアが開いたままになる。
比奈乃が外へ出ると、女性は小さく会釈して店内へ入った。顔はマスクと濡れた前髪でほとんど見えなかった。
たったそれだけのことが、白い袋の持ち手に少し残った。
雨は止みかけていた。街路樹から遅れて落ちる雫が、アスファルトを一つずつ打つ。袋は歩調に合わせ、膝の横でふくらみ、しぼんだ。
部屋に着く。
比奈乃は電気をつけず、キッチンの小さな灯りだけを点けた。袋から一人分を出す。一人分は、二人分の失敗ではない。ただ今夜食べる量だ。
味噌汁の蓋を開けると、湯気が細く上がった。
誰かに見守られているわけではない。明日から寂しくなくなるわけでもない。
それでも比奈乃は、袋を結ばず、ごみ箱の縁へ静かに掛けた。
空調のない部屋で、白い袋はもう呼吸しなかった。代わりに自分が、ゆっくり息を吐いた。