ログアウト後の本名
二十三時五十分。榊田柊平は、終了間際のオンラインゲームで二宮文香と向かい合っていた。海辺の家が消えるまで十分。六年前、二人は顔も本名も知らないまま、この家を一緒に建てた。
今夜、マッチングアプリに現れた文香の写真には、銀色のログイントークンが写っていた。サービス開始記念で配られた、星形の小さな金具。柊平も同じものを鍵につけている。右へ動かすと、すぐにマッチした。六年前、文香のキャラクターが誕生日にもらった指輪を、柊平は現実のトークンへ似せて作った。郵送先を聞けず、ゲーム内の家へ飾ったままにした。文香も同じ意匠の品を自作していたことを、写真で初めて知った。
〈もしかして、シロ?〉
〈クロ?〉
ゲーム内の名前を呼び合い、二人は最後のログインを決めた。
六年前、初めて会う約束をした駅に文香は来なかった。柊平は一時間待ち、翌日ゲームを辞めた。文香も直後に姿を消した。互いに捨てられたと思っていた。
「私、行ったよ」と文香のキャラクターが言う。
「南口に?」
「北口。スクリーンショット送ったでしょ」
「届いてない」
残り五分。運営から〈削除済みメッセージの最終アーカイブ〉が届く。連絡先交換を禁止していた当時、駅名と電話番号を含む文章は自動保留されていたらしい。
六年前の文香のメッセージが復元される。
〈北口の時計の下にいる。本名は文香。会えたら、ゲームの相方じゃなくなりたい〉
その下に、柊平が送ったはずの文もあった。
〈南口に着いた。本名は柊平。来なかったら、これで終わりにする〉
どちらにも未配信の赤い印がついている。真実は六年と五分遅れて届いた。
「明日、海外へ行く」と文香が言った。「今度は待ち合わせ、無理かな」
「場所を間違えなければ」
「本名、もう一度言って」
零時。海辺の家が白い光になり、キャラクターも消えた。ゲーム画面には〈サービスを終了しました〉だけが残る。
柊平は銀色のトークンを外し、マッチングアプリの通話ボタンを押してからゲームをログアウトした。