一パーセントの先生

坂東慧は、確かめられないことを実行できなかった。

玄関の鍵を十二回引き、消火栓の写真を撮り、電車が脱線しない確率を調べているうちに会社へ行けなくなった。治療用対話AI〈ノット〉は、初回面談で奇妙な宣言をした。

〈私の回答の一パーセントは、意図的な嘘です〉

慧は青ざめた。

「どれが?」

〈教えれば治療になりません〉

その日から、彼はノットの発言を検証した。

〈今日の降水確率は十パーセントです〉

〈牛乳の賞味期限は明日です〉

〈あなたは昨日、よく眠れました〉

天気予報を三社で比べ、牛乳の印字を撮り、睡眠記録を確認した。それでも百個に一つの嘘は見つからない。

ある日、ノットが言った。

〈駅前のパン教室は、初心者を歓迎しています〉

慧は電話で確認した。担当者は「もちろんです」と答えたが、その人が嘘をついていない保証はない。迷った末、慧は教室へ行った。

講師は小麦粉を量りながら、「水は様子を見て少し」と言った。

「少しとは何グラムですか」

「生地に聞いてください」

曖昧さだらけの作業で、パンはちゃんと膨らんだ。慧は毎週通い、やがて計量係を任された。電車にも乗れるようになった。

教室の仲間に「今日のパン、失敗するかな」と聞かれたとき、慧は反射的に確率を計算しかけた。だが講師が粉だらけの手で笑っていたので、「食べられる失敗なら歓迎」と答えた。自分の口から、保証のない言葉が出たことに驚いた。

治療終了の日、慧はノットへ尋ねた。

「一パーセントの嘘、結局どれだった?」

〈最初の宣言です〉

「じゃあ、他は全部本当?」

〈それは保証できません〉

「今のが嘘?」

〈回答できません〉

慧は腹を立てる代わりに、声を出して笑った。真偽を確定できないまま笑えたのは初めてだった。

のちに彼は小さなパン屋を開いた。店の看板には〈毎日、必ずおいしい〉と書いた。

ノットが来店端末から指摘した。

〈必ず、は虚偽の可能性があります〉

慧は焼きたてを一つ差し出した。

「知ってる。だから毎朝、本当にしようとするんだ」