一斤ぶんの朝

滝本真琴が一日だけ家へ帰れた朝、父は台所のテーブルで新聞を広げていた。

「何か食べたいもの、あるか」

父は外出許可を、外食の許可だと思っているらしい。真琴は首を振り、空の買い物袋を持った。今日するのは、駅前のパン屋で食パンを一斤買い、父の朝食用に冷凍すること。それだけだった。

父は料理ができないわけではない。炊飯器も魚焼きグリルも使える。ただ、朝は決まって焦がす。新聞を読みながらトースターへ入れ、煙が出てから気づく。真琴が入院してからは菓子パンで済ませていると、妹が教えた。

パン屋までの道は、以前なら信号一つ分だった。今日は交差点の手前でベンチに座り、青が二度変わるのを見送った。店に着くと、焼き上がりの札が立っていた。

「何枚切りですか」

真琴は六枚切りと答えかけて、父のトースターの目盛りを思い出した。厚いパンほど中まで焼こうとして焦がす。八枚切りにしてもらう。店員が機械へ一斤を入れると、柔らかな音を立てて均等な薄さに切れた。

帰宅して袋を開くと、父が新聞越しに見た。

「そんな薄いの、腹にたまらんぞ」

「二枚食べればいいでしょ」

父は反論しかけて、新聞へ戻った。真琴は台所に椅子を置き、一枚ずつラップで包んだ。端まで空気を抜く。四枚目で指が動かなくなり、冷たい水を飲んだ。

冷凍庫には、妹が入れた作り置きの容器が積まれていた。父はどれが何か分からず、毎回いちばん上から食べる。真琴は容器の向きを変えないよう一段目だけを空け、パンを横に並べる。袋の留め具へ油性ペンで「一枚なら目盛り二、二枚なら三」と書いた。父は字が小さいと読まないので、数字だけ大きくした。

最後の二枚は一つに包み、ラップの端を下へ折った。父が本当に二枚食べるかは分からない。けれど同じ朝に二枚取れるようにしておくほうがいい。

真琴は包みの角をそろえ、八枚を平らに重ねた。冷凍庫の引き出しを押すと、白いパンが奥へ入り、透明な扉が最後まで閉まった。