七段目の夢
学校の用務員は、眠ると必ず階段の夢を見た。
翌日、校内で最初に物が落ちる段だけが明るくなり、その上に落ちる物の影が浮かぶ。
三段目に上履き。
十二段目に給食の盆。
五段目に植木鉢。
用務員は朝のうちに階段を拭き、手すりを確かめ、落ちそうな物を移した。
事故はいつも、転ばずに済む程度へ小さくなった。
冬の夜、夢の七段目に黒い楽器ケースが落ちた。
翌日は音楽部の校内発表会だった。
用務員は七段目へ滑り止めを貼り、何度も見回った。
昼休み、弦楽器を抱えた生徒が階段を下りてきた。
足元は慎重で、転びそうにない。
ところが七段目で突然立ち止まり、ケースを自分から床へ置いた。
「もう持てません」
落としたのではなく、手放したのだった。
生徒は発表会の独奏を任されていた。
家族も教師も期待し、本人も断らなかった。
失敗する夢を毎晩見て、指が弦へ触れるだけで吐き気がする。
階段の下まで運べば舞台へ行かなければならないから、七段目で終わりにしようと思ったという。
用務員は、
「せっかく練習したのに」
と言いかけ、夢の中のケースを思い出した。
予知は、壊れる物を示していると思っていた。
だが壊れそうなのが物とは限らない。
「ここへ置いたままでもいい」
用務員は言った。
「盗まれませんか」
「私が座ってる」
生徒は楽器を残し、保健室へ行った。
教師と話し、独奏は取りやめになった。
発表会では舞台の端で、皆の譜面をめくる役をした。
終演後、生徒は七段目へ戻った。
用務員は本当にケースの隣へ座っていた。
「弾かなかったら、音楽をやめたことになりますか」
「明日もケースを持ちたければ、まだやめてない」
「持ちたくなかったら?」
「そのとき決めればいい」
生徒はケースを持ち上げた。
今度は階段を上り、音楽室へ戻った。
用務員の夢はその後も続いた。
物が落ちる段へ、以前ほど急いで駆けつけなくなった。
まず、持っている人の顔を見るようになった。
春、その生徒は合奏へ復帰した。
独奏には立たなかった。
七段目を通るたび、ケースを一度床へ置き、持ち直す。
落とさないことだけが安全ではない。
壊れる前に、安心して手を離せる段があることも必要だった。