三つの塩むすび
粟田美月は、入院用のボストンバッグを閉じたあとで米を研いだ。
明日の朝は六時半に家を出る。娘は七時に起きるから、顔を合わせずに済む。そう決めたのは美月だった。泣かれるのが嫌なのではない。泣かせた自分の顔を、そのまま病院まで持っていきたくなかった。
姉が泊まりに来て、冷蔵庫へ作り置きを詰めている。美月は炊飯器の前にしゃがみ、目盛りより少しだけ水を減らした。
「朝はパンでいいよ」
「米、もう研いだから」
返事の代わりに、姉は海苔の缶を食卓へ置いた。
炊き上がるまでの四十分、美月は娘の給食袋に新しい箸を入れ、連絡帳の空欄を姉に見せた。病名も治療期間も、そのページには書かなかった。必要なのは、水曜は体育着、金曜は図書袋ということだけだ。
湯気の立つご飯を三つに分ける。明日の娘の朝食、姉の分、それから今夜の自分の分。塩を水で溶き、手のひらに広げる。熱さを逃がしながら三角に整えると、指の間から米粒が一つ落ちた。
娘が寝室から出てきた。喉が渇いたと言い、水を飲みながら食卓の三角を見た。
「遠足?」
「違う。朝ごはん」
娘は自分の印に梅干しを載せた。姉のには海苔を一周、美月のには何も載せない。三人で一つずつ食べることになった。娘は眠そうに頬張り、姉は海苔を噛み切れず笑った。美月の塩むすびは少し硬く、奥歯に米が残った。
食べ終えた娘を寝室へ戻し、残りのご飯で明朝の分をもう一つ作る。さっきより小さく握り、梅干しを中心へ埋めた。
姉は冷蔵庫の扉に、翌朝の順番を書いた紙を貼った。起こす、着替え、塩むすび、歯磨き。美月は「塩むすび」と「歯磨き」の間へ、牛乳、と書き足す。娘は寝室からもう一度顔を出し、明日の分にも海苔を巻いてほしいと言った。美月は海苔が湿るから朝にして、と答え、缶を姉の手前へ置いた。誰が巻いても同じ一周になるよう、細長く一枚だけ切っておいた。
ラップの端をねじり、娘の名前を書いた丸いシールを貼る。美月は冷蔵庫の一番低い棚へ置き、子どもの手が届く位置まで手前に寄せた。