三分間の青空

芥子川冴良が「晴れ」を告げるたび、雨音が一つ増えた。

朝の情報番組で二十年使われてきた天気ジングル。今夜の特別放送では、豪雨災害で死んだ元キャスターを偲び、冴良が生演奏する。木琴とウクレレの三分間。画面いっぱいに青空が広がる、誰もが知る明るい曲だ。毎朝それを聞いて育った子供は、雨の日にも口ずさむ。冴良も笑顔で何百回と紹介してきた。

イントロで合成音声が歌う。

「今日も晴れる」

十年前の災害当日、元キャスターは山沿いの危険を訴えていた。だが番組では降水確率十パーセントと読み上げ、その帰路に濁流へ巻き込まれた。局は予報ミスとして謝罪し、彼女個人の判断だったことにした。

Aメロの木琴を弾くと、音階の裏でレーダーの走査音が鳴った。冴良は制作時に入れていない。古い放送卓が、災害当日のバックアップを曲のテンポへ同期している。

画面の青空に、薄い紫の点が浮かぶ。雨雲の強度表示だった。時刻は元キャスターが原稿を読む二時間前。危険域はすでに真っ赤だった。

サビで出演者たちが笑顔を作る。

「今日も晴れる」

冴良がコードを一つ外すと、イヤーモニターから副調整室の会話が流れた。祭りの中継を中止すればスポンサーが降りる。警報は番組終了後に出せ。責任者がそう命じている。元キャスターは拒んだが、読み上げ原稿を直前に差し替えられた。

さらに、彼女の最後の電話が入る。

〈私の名前で晴れと言わせたなら、記録を残して〉

彼女は死を予感して曲へ証拠を隠したのではない。放送卓の自動記録が、毎朝のジングルへ未処理データを少しずつ混ぜ続けていた。雨音が年々増えたのは、消されなかった警告の数だった。

最後の一音で青空の映像が落ちる。背面に、当日の警報発令前ログと改稿者名が現れた。局長席の男が立ち上がる。

冴良は明るいコードをもう一度鳴らした。

「今日も晴れる」

希望の予報ではなかった。死者に嘘を読ませた者たちが、画面だけを晴らし続けるための命令だった。