三分間の面接室

丹羽和奏が「明日の面接で、頭が真っ白にならない本を」と頼むと、立花冴子はエプロンのポケットから白いキッチンタイマーを出した。

「三分だけ」

「本を探す時間ですか」

「あなたが話す時間です」

立花は無表情でタイマーを三分に合わせ、相談カウンターの横にある小机を指した。和奏は転職面接を翌朝に控えていた。今の会社では五年間、営業事務をしている。けれど面接練習になると、「特別な実績はありません」としか言えない。

「志望動機をどうぞ」

「え、ここで?」

「三分だけ」

開始ボタンが押された。

和奏は用意した文章を早口で読み上げた。御社の理念に共感し、これまでの経験を生かし――途中で言葉が絡まり、残り一分を残して黙った。

立花は励まさなかった。タイマーを止めず、手元の返却票を一枚裏返した。

「今日、ここへ来るまでに解決したことを三つ」

「電車が遅れたので別路線に変えました。後輩から電話が来て、請求書の宛名ミスを直しました。あと、面接会場までの道を下見しました」

ちょうど三分でベルが鳴った。

立花は面接本ではなく、業務改善の事例集、話し方の薄い本、白紙のカードを十枚持ってきた。

「今の三つを、一枚に一つ書いてください」

「こんなの実績じゃないです」

「毎日やっているから小さく見えるだけです。面接官が知りたいのは、困ったときの動き方」

声は硬い。けれど立花は、和奏が書いた「請求書の宛名ミス」の横に、小さく“発見・連絡・再発防止”と書き足した。

「もう一度。三分だけ」

二回目、和奏は暗記した志望動機を捨てた。電車が止まったとき、取引先に先に連絡したこと。宛名ミスの原因が共有表の古い登録名だと気づき、更新手順を変えたこと。話しているうちに、自分が仕事で何をしてきたかが形になった。

ベルが鳴る。

「今の方がいいですか」

「比較になりません」

「褒めるの、苦手なんですね」

「事実です」

立花は白いタイマーを貸出本の上に置いた。

「これは貸せませんよね」

「備品ではなく私物です。明日、回答が長くなりそうなら、心の中で三分だけ」

翌夕、和奏は本とタイマーを返しに来た。採用結果はまだだったが、面接の最後に「うちで改善したいことはありますか」と聞かれ、怖がらず答えられた。

立花はタイマーを受け取り、今度は三分ではなく一分に合わせた。

「何の時間ですか」

「結果を待つ前に、自分を褒める時間です」

ベルが鳴るまで、立花は何も言わずにそこにいた。