三十七度の栞

 砥上沙耶は、古書喫茶「裏庭」の児童書棚で、薄い物語を見つけた。

 森の動物たちが冬支度をする、低学年向けの本だった。挿絵の横には日付と体温が鉛筆で記されている。

「十一月三日 三七・二 九頁まで」

「十一月四日 三七・八 眠った」

「十一月五日 三六・九 最初から」

 誰かが病気の子に読んだ記録か、病気の本人がつけた記録かは分からない。終わり近くの頁には、「今日は読まない」とだけあり、その次の日にまた三行、感想が続いていた。

 沙耶自身の体温は、店へ入る前に測った三七・四度だった。喉も痛い。けれど明朝までに顧客向け資料を整えなければならず、ノートパソコンを持ってきている。休むほどではない、と上司へ連絡し、同僚にもそう言った。休むほどかどうかを決めるのは、いつも仕事が終わったあとだった。

 画面には四十七枚のスライドが並ぶ。あと十二枚。沙耶は児童書を片手で押さえたまま、もう片方で修正を続けた。

 閉店五分前、店主が空になったカップを下げた。その際、開いていた児童書をそっと閉じる。沙耶が「まだ見ています」と言うと、店主は頷き、レジから細長い紙を一枚持ってきた。会計前の本へ挟むのは珍しかった。紙には店名と今日の日付だけが印刷され、栞のように上端が少し出た。

 店主は本を沙耶の右側へ置き、ノートパソコンの電源コードを抜いた。乱暴ではなく、閉店作業としてコンセントを空けただけだった。画面の電池表示が百パーセントから九十九パーセントへ変わる。

 沙耶は児童書を買った。店主は「今日は読まない」の頁を開かず、挟んだ位置のまま包んだ。続きを急がせない包み方だった。

 店を出る前に、沙耶は上司への連絡文を打ち直した。

「発熱のため、明日は休みます。資料は現状版を共有します」

「ご迷惑をおかけし」を三度書いて、三度消した。現状版を送信し、休暇連絡も続けて送る。

 帰宅したら薬を飲み、この本は開かないことにした。今日の栞は、読み進めた場所ではなく、止まった場所を覚えてくれる。

 沙耶は包みを額へ当てた。紙は冷たく、体温だけがそこへ移った。