三枚目の雨戸

姉を亡くしたあと、妹は生家へ戻って一人で暮らし始めた。

都会の部屋では眠れなかった。

古い家なら、姉と過ごした時間が壁に残っていて、少しは静かに眠れると思った。

ところが夜になると、家は思い出より大きな音を立てた。

梁が鳴り、木の実が屋根へ落ち、風が障子を揺らす。

ある晩、雨戸を一枚、二枚、三枚と閉めた瞬間、庭のどこかから子どもの鼻歌が聞こえた。

姉が幼い妹を寝かせるとき、よく歌った曲だった。

三枚目の雨戸を閉めると、その家でいちばん眠れない人が昔聞いた子守歌が流れる。

妹は雨戸を開け、閉め直した。

同じ歌が聞こえる。

歌詞はなく、姉の声とも違う。けれど、途中で一音外す癖まで同じだった。

妹は毎晩、三枚目をゆっくり閉めた。

鼻歌が始まると、布団へ入った。

最初は泣き、泣き疲れて眠った。

冬、近所の親子が泊まりに来た。

父親の仕事がなくなり、家賃を払えず、行き先が決まるまでの数日だけだった。

夜、三枚目の雨戸を閉めると、いつもの歌ではなく、低い男の声の古い童謡が流れた。

父親が立ち尽くした。

「母が歌ってた」

幼い子どもではなく、父親の方が眠れなかったのだ。

妹は客間へ布団を敷いた。

事情を詳しく聞かず、歌が終わるまで茶を飲んだ。

父親は翌朝、自分から役所へ相談へ行くと言った。

その後も家には、眠れない人が時々泊まった。

離婚を決めた友人。

受験に失敗した姪。

夜勤明けの看護師。

三枚目の雨戸を閉めるたび、違う歌が流れた。

誰も曲の由来を説明しなくてよかった。

聞いた人だけが、昔どこかで守られていたことを思い出した。

春、妹は姉の遺品を少しずつ手放した。

子守歌を忘れるのが怖くて残していた録音も消した。

夜になれば家が歌うからではない。

自分の中にも、もう十分残っていると分かったからだ。

生家は今、小さな宿として使っている。

案内には何も書いていない。

ただ、眠れない客が来ると、妹は三枚目の雨戸だけを任せる。

「最後まで、ゆっくり閉めてください」

庭の鼻歌は、夜を治しはしない。

それでも朝まで一人にしない。