三段目の休憩

乙部美緒は、休憩を後ろへずらすのが上手かった。

調剤薬局の受付は、昼前になると椅子が埋まる。処方箋を受け取り、保険証を確認し、薬剤師へ回す。ひと波落ち着いたら休もうと思ううちに、次の患者が来る。二十分の休憩は十分になり、十分は水を飲むだけになった。

忙しい日の自分を、美緒は嫌いではなかった。誰より多く番号札を進めれば、ここにいていい理由が増える。だから胃が痛くても、手が冷たくても、「まだ平気です」と言った。

梅雨の水曜、午後三時を過ぎても待合室には人が残っていた。美緒は同じ保険証を二度読み取り、エラー音を鳴らした。もう一度やり直そうとして、指先が細かく震えていることに気づく。

隣の端末にいた先輩が、美緒の画面を黙って引き受けた。何か言われる前に、美緒はいつもの言葉を出しかけた。

「大丈夫です」

最初の「だ」だけで止まった。

大丈夫ではないと説明する言葉は浮かばなかった。代わりに勤怠表の休憩欄を指し、「十分、外します」と言った。

先輩はうなずき、次の番号を呼んだ。それだけだった。

責められなかったことより、引き止められなかったことに、美緒は少し戸惑った。自分が席を外せば受付が止まると思い込んでいた。そう思うことで、休まない理由を守っていたのかもしれない。

美緒は裏口から非常階段へ出た。雨で湿ったコンクリートの匂いがする。踊り場の三段目に座ると、制服の裾が少し汚れた。いつもなら立ったままゼリー飲料を流し込むが、その日はポケットの飴を一つ出した。

包みを開く音が、階段に小さく響いた。

待合室の呼び出し音は扉越しにも聞こえる。自分がいないぶん、誰かの動きが増えている。戻らなければという考えが、何度も立ち上がらせようとした。

美緒は腕時計を見ず、飴がなくなるまで座った。

甘さは途中から分からなくなった。ただ、舌の上で角が丸くなり、最後には小さく割れた。

十分後、受付へ戻ると、番号は五つ進んでいた。世界が問題なく回っていたことに安心したのか、寂しかったのか、美緒には分からない。

彼女は空になった包みを捨てず、制服のポケットへ戻した。

休んだ証拠を、今日は隠さないことにした。