乾かない袖

 実柚は、明日の面談に着る白いブラウスを、午前零時に洗った。

 夕食のソースを袖へ落としたからだ。落ち着いて説明すれば済む面談なのに、染みのある服で行けば、自分の言葉まで雑に見える気がした。

 洗濯機が脱水へ入る。

 ごうん、ごうん、と回転が速くなり、狭い部屋の床まで震える。実柚は終わるのを待ってブラウスを取り出し、ベランダのいちばん明るい場所へ掛けた。

 空は曇っていた。外廊下の照明が白い布を青く見せ、室外機の風が片方の袖だけを持ち上げる。

 ぱたん。

 袖が手すりへ触れる。

 ぱたん。

 また触れる。

 湿った空気では、朝までに乾きそうになかった。

 実柚は天気アプリを開いた。降水確率は四十パーセント。数字を更新しても、乾燥までの時間は出てこない。

 向かいの建物で、急に窓が開いた。

 顔は見えず、両腕だけが現れた。腕は物干し竿からシャツ、タオル、薄い毛布を次々に外していく。白、青、灰色。最後のタオルを取った直後、雨が一粒、実柚の頬へ落ちた。

 向こうの腕は空を確かめるように手のひらを出し、すぐ窓の中へ消えた。

 ぱたん。

 実柚のブラウスの袖が、もう一度手すりをたたく。

 雨粒は二つ、三つと増えた。実柚はブラウスを外した。敗北したような気がして、しばらく濡れたハンガーを握っていた。

 けれど、面談は服を乾かす試験ではない。

 浴室へ移し、換気扇を回す。白い袖は弱い風の中でほとんど動かなかった。

 実柚はクローゼットから紺色のシャツを出し、椅子の背へ掛ける。少し柔らかすぎて、勝負服とは呼べない服だ。

 紺色の布にはアイロンの折り目が残っていなかった。実柚は袖口を手で伸ばし、鏡の前には立たない。浴室の換気扇と向かいの部屋の窓を閉める音が、別々の速さで夜を整えていた。準備が足りないままでも、朝は来る。

 ベランダの雨は、手すりを細かく鳴らし始めた。

 実柚は天気アプリを閉じ、面談で最初に話す一文だけをメモした。白いブラウスが乾かなければ、紺色で行けばいい。その余地を残すと、今夜の眠る場所まで少し広くなった。