乾燥機の向こうの雨
鳴神悠生は、突然の雨から逃れてコインランドリーへ入った。
洗濯物は持っていない。入口の庇が短く、店内の方がましだっただけだ。
椅子には老婦人が一人座り、大型乾燥機の丸い窓を見ていた。
「雨宿りだけでもいいんでしょうか」
悠生が言うと、婦人は店内を見回した。
「私が店主なら、お茶代を取ります」
「店主では?」
「客です」
二人で少し笑った。
乾燥機の中では、白いシーツと青いタオルが何度も持ち上がり、落ちている。
温風の音が雨音と重なり、店は大きな箱の中のようだった。
悠生は濡れた袖を手で絞った。
婦人が籠から未使用のタオルを一枚差し出す。
「これは乾いたばかり」
「使ったら、また洗濯が増えます」
「洗うための布です」
タオルには、石鹸と日向のような匂いがした。
悠生は礼を言い、髪と鞄を拭いた。
「洗濯機、壊れたんですか」
「家のが小さいの。孫が泊まりに来たから、シーツが三枚」
「大変ですね」
「帰ったあとの方が静かで大変」
婦人は乾燥機の中を見た。
「だから、音がするうちに洗っておくの」
悠生は今朝、同居していた友人が引っ越したばかりだった。
喧嘩ではない。転勤で遠くへ行っただけだ。
空いた部屋を片づけるつもりだったが、静けさに耐えられず外へ出たところで雨に降られた。
その話をするほどでもなく、ただ言った。
「部屋が静かすぎる日って、ありますね」
「ある。そういう日は、やかんを沸かすといい」
「お茶を飲むため?」
「音を出すため。飲むのはそのついで」
乾燥機が止まった。
婦人が扉を開けると、温かな空気が店内へ流れた。シーツを一枚ずつ取り出し、悠生も端を持って籠へ畳んだ。
「雨宿り代」
婦人が言う。
「タオル代も含めて?」
「それは貸し。次の誰かへ貸して」
外を見ると、雨は細くなっていた。
雲の下から夕方の光が入り、濡れた道路を銀色に照らしている。
悠生は帰りに茶葉を買った。
部屋へ戻り、やかんを火にかける。湯が沸くまでの小さな音が、空いた部屋へ少しずつ広がった。
借りたタオルは洗い、ベランダへ干した。
石鹸の香りと雨上がりの冷たい風が、誰もいない一室へ、まだ暮らしが続いていることを静かに知らせた。