予報にない一行

町の防災放送は、気象AIが作っていた。

気温、降水確率、風速。

毎朝六時半、数字だけを間違いなく読み上げる。

小学校の児童たちは、放送塔を「空のロボット」と呼んだ。

ある雨の日、一人の児童が塔の下へ絵を置いた。

傘を二人で分ける絵と、

「雨を教えてくれてありがとう。今日は転ばなかった」

という手紙だった。

翌朝、放送の最後に、予定にない一行が加わった。

「水たまりのそばでは、歩幅を小さくしてください」

担当者は原稿を調べた。

そんな文章は登録されていない。

削除したが、次の日も別の一行が流れた。

「風の強い日は、帽子より隣の人の手をつかんでください」

「暑い午後は、ひとりでいる人へ声をかけてください」

「星は見えませんが、雲の上にはあります」

気象情報ではない。

担当者はAIを交換しようとした。

しかし町の人から、放送を残してほしいという手紙が届いた。

一人暮らしの老人は「暑い午後」の一行を聞き、隣家へ水を届けた。

登校を嫌がっていた子どもは「雲の上にはあります」をノートへ写した。

魚屋は強風の日、向かいの花屋の看板を押さえた。

AIは一日一度だけ、数字からは出てこない文章を付け足した。

冬の朝、町に大雪が降った。

交通は止まり、学校も休みになった。

放送は積雪量と警報を読み上げ、最後に言った。

「今日は、急がないことも予定に入れてください」

その日、児童の父親は仕事へ行くのを諦めた。

家で一緒に雪だるまを作った。

父親は長く働きすぎて、児童の絵を見たのが何か月ぶりか分からなかった。

春、最初に手紙を置いた児童は卒業した。

放送塔の下へ、また一枚の絵を置いた。

今度は、町中の人が同じ空を見上げている絵だった。

翌朝、AIは気温を読み間違えた。

十九度を「じゅうきゅうど」ではなく、「行くよ」と発音した。

担当者はすぐ訂正放送を流した。

町の人たちは、それを卒業生への返事だと思った。

その日以降、数字の間違いは一度もない。

予定にない一行だけが続いている。

気象AIに心があるかと聞かれれば、担当者は否定する。

心は観測項目にないからだ。

それでも毎朝、放送前に窓を開ける。

空の状態だけでなく、町の人が今日はどんな言葉を必要としているか、機械と一緒に考えるために。