予約名はオーナー

同窓会の会場で、中条瑠奈は前菜を一口食べ、わざと大きく首をかしげた。

「味、薄くない? 結月、料理好きだったよね。厨房へ言ってきてよ」

沢木野結月は白いパンツスーツで、窓際に立っていた。昔、家の弁当を見られて「貧乏くさい匂い」と笑われた彼女は、今では雑誌の表紙に載るほど洗練されていたが、瑠奈は名前を確認しても態度を変えなかった。

「自分で言えば?」

「こういう店、慣れてない人のほうが頼みやすいでしょ」

瑠奈は、海外駐在の夫と高級レストラン巡りの話を周囲へ聞かせた。今夜の店は、予約困難な創作料理店。幹事の自分が特別枠を取ったと繰り返した。

結月はスタッフへ近づいた。瑠奈は勝ち誇ったが、スタッフ全員が背筋を伸ばして一礼した。

「沢木野シェフ、お帰りなさいませ」

オープンキッチンの料理人たちも手を止め、彼女を迎える。

この店は結月が二十六歳で開き、国内外に十二店舗を展開するレストラングループの本店だった。年間所得は瑠奈が語った世帯年収を一か月で超える。店の星も三年連続で守っていた。今夜の予約も、恩師を招くため結月自身が店を閉めて用意したものだった。

瑠奈はグラスを置いた。

「でも、オーナーが料理するわけじゃないでしょ」

そこへ海外ホテルグループの代表が入り、結月へ契約書を差し出した。

「アジア五都市の総料理監修、ぜひお願いします」

通訳が契約額を読み上げると、会場のざわめきが消えた。結月は署名し、前菜の皿を手に取る。

「薄いと感じた?」

瑠奈は答えられない。

結月は一口味見し、料理長へ微笑んだ。

「完璧。十五年前のお弁当と同じ出汁だね」

恩師が懐かしそうに笑い、同級生たちが次々に料理の写真を撮り始める。瑠奈だけが、自分の皿を隠すように伏せた。

支配人が領収書を持ってきた。予約者欄には〈沢木野結月オーナー招待〉と印字され、幹事欄は空白だった。

領収書は瑠奈の前を通り過ぎる。空白の幹事欄が、厨房へ追いやられていた少女こそ、この夜の入口も出口も握る人だと言い切っていた。