二〇七号室の鍵
晶の手の中で、二〇七号室のカードキーが二枚重なっていた。
一枚は、たった今チェックインを済ませた出張客のもの。もう一枚は、昼のうちに荷物を預け、夜に戻る予定の宿泊客のものだった。晶が予約画面の「未到着」を「未使用」と読み違え、同じ部屋を割り当ててしまった。
先に戻った客がドアを開け、見覚えのないスーツケースを見つけた。フロントへ降りてきたとき、声は静かだった。その静けさのほうが、晶にはこたえた。
支配人が空室を確認し、片方の客を上階へ案内した。差額とクリーニングの手配はこれから決める。晶は二度、三度と頭を下げ、そのたびに「もう結構です」と言わせてしまった。
夜勤の休憩に入ると、晶は従業員用の鏡の前に立った。
失敗した日は、ここで謝罪の練習をする。眉の角度、声の高さ、頭を下げる秒数。もっと申し訳なさそうに見えれば、起きたことの重さに釣り合う気がしていた。練習はやがて、鏡の中の自分を嫌う時間になる。
今日も「このたびは」と口を開き、やめた。
鏡を見ず、ポケットから二枚のキーを出す。一枚に使用停止の穴を開け、事故記録の封筒へ入れた。
記録欄には、《予約状態の確認不足により重複割当》と書いた。《忙しかったため》も、《自分は注意力がない》も足さなかった。再発防止欄には、《荷物預かり表示をチェックイン画面に付箋表示》と一行だけ。
午前一時、上階へ移った客から毛布の追加依頼が来た。晶は新しいカードキーと毛布を持って廊下を歩いた。謝罪を追加したくなったが、「お持ちしました」とだけ言った。客も「どうも」と受け取った。
その客が許したかどうかは分からない。翌朝、口コミに書かれるかもしれない。晶はその可能性を打ち消すための笑顔を作らず、夜勤者への引き継ぎに、部屋番号と対応内容をそのまま残した。書き終えた時刻も付けた。
休憩室へ戻ると、鏡は蛍光灯を白く映していた。
晶は鏡の前を通り過ぎ、紙コップにスープを注いだ。鍵の重さはまだ指に残っていたが、その形を顔に貼りつける必要はなかった。