二つ目の名札

ランチ営業を終えた店内で、久慈野真緒の評価面談は始まった。

副店長候補としては、売上も接客点も足りている。ただし、回転率の欄だけ低い。

「新人に付き添いすぎるんだよ。今日も一卓に時間をかけたでしょう」

店長が言う一卓は、甲殻類アレルギーの客だった。注文票には小さく〈EB〉と印字され、新人は料理名の略号だと思って海老入りのソースを運びかけた。客は皿が置かれる前に身を引き、同行者が鞄から薬の袋を出していた。湯気の上がる数秒のあいだに、真緒は皿と客の間へ手を入れた。

真緒は皿を止め、厨房へ戻した。客には作り直しの時間を伝え、新人にはその場で謝らせなかった。注文端末の略号を覚えられなかった個人の問題ではなく、赤字にも警告音にもならない表示の問題だったからだ。

営業後、真緒はアレルギー注文だけ赤いクリップを付け、厨房とフロアが声に出して復唱する手順を試した。五分後には、別の新人も迷わず確認できた。赤いクリップを見た厨房が先に「甲殻類なし」と声を出し、フロアが復唱する。誰か一人の記憶に頼らず、店内の二か所で止められる流れになった。

「判断はよかった。でも、毎回あなたが教えていたら店は回らない」

「毎回、善意で教えるから回らないんです。教えた時間が勤務にも役割にも残らないままだからです。だから、名札だけでは足りません」

真緒は勤務表を置いた。研修時間は休憩前後の空白へ押し込まれ、担当者も賃金も決まっていない。副店長になれば、これまで以上に「ついで」で育成を担うことになる。

店長は、青い副店長用の名札を机へ出した。

「昇格を断る?」

真緒は名札を取らず、職務記載書の〈育成〉へ線を引いた。週二時間の研修枠、担当手当、アレルギー手順の全店共有。三つを書き足して差し戻す。

店長が本部へ電話し、しばらくして小さくうなずいた。

真緒はそこで初めて青い名札を制服へ留めた。胸には自分の名札と、役割を曖昧にしないための二つ目の名札が並んだ。