二つ目の箱は持たない

篠塚朔耶は、「持てる?」と聞かれると重さを確かめずに頷いた。

撮影スタジオの助手になって一年。照明器具、背景布、飲料のケース。若い自分が力仕事を断れば、気が利かないと思われる気がした。手首が痛む日は、サポーターを長袖で隠した。

冬の広告撮影が終わり、撤収が始まった。朔耶は機材箱を一つ抱えて廊下へ出た。右手首に細い痛みが走ったが、歩けないほどではない。

後ろからカメラマンが、もう一つの箱を足元へ押した。

「これも一緒にいける?」

いつもなら「はい」と言うところだった。

手首を痛めたのは先月だった。病院では一週間重い物を避けるよう言われたが、朔耶は診察券を鞄の底へしまった。仕事を休めないのではなく、配慮される側になることが怖かった。誰かの負担になるくらいなら、痛むほうが自分だけで済むと思っていた。二箱を重ね、見えない前方を勘で歩く。落とさなければ問題はない。痛みは帰宅してから冷やせばいい。

朔耶は最初の箱を床へ置いた。

「二つは持てません。手首を痛めています」

口にすると、隠していたことまで仕事を怠けるための言い訳に聞こえた。続けて「でも小さいものなら」「何往復でも」と言いそうになり、唇を閉じた。

カメラマンは「あ、そうなの」と箱を見た。叱られる代わりに、壁際の台車を引いてきた。車輪の一つが曲がっていて、まっすぐ進まない。二人で押すと、箱はゆっくり倉庫へ向かった。

それだけのことだった。

朔耶は、台車を使う発想が最初から自分にはなかったことに気づいた。頼みを断ると、仕事が止まるのではなく、別のやり方がようやく見えることもある。

倉庫で荷を下ろしたあと、朔耶はサポーターを袖の外へ出した。白い布は少し毛羽立っている。誰かに心配してもらうためではなく、自分が忘れないために見えるままにした。

次の箱を渡されるかもしれない。次も同じように言えるかは分からない。

それでも今、朔耶の両手には何も載っていなかった。彼女は空いた指を一度ずつ曲げ、痛まない範囲だけを確かめた。