二冊目の卒業アルバム

娘が演劇部に入りたいと言ったとき、私は反対した。

娘は人前で話すと声が詰まる。私も高校時代に同じ理由で入部を断念した。傷つく未来が分かるからこそ、守ってやりたかった。

母校の図書室で仕事をしていると、古い卒業アルバムが返却台に置かれていた。

自分の顔を親指で隠して開くと、写真がすべて別のものへ変わった。

そこでは、私は演劇部に入っていた。

舞台の中央で口を大きく開け、仲間に抱きつかれている。文化祭の賞状、地方大会の集合写真、卒業公演の台本。知らない思い出が何ページも続いた。

最後のページには、現在の私がいた。

小さな劇団の演出家になり、客席へ向かって怒鳴っている。楽しそうではあったが、華やかではない。公演中止の張り紙や、空席ばかりの写真もあった。

一枚の写真で手が止まった。

舞台袖の私は泣いている。隣で、同級生が背中をさすっていた。

その同級生は現実の世界でも親しかったが、卒業後すぐ病気で亡くなった人だった。

私のアルバムには、彼と二人で写った写真が一枚もない。声が詰まるのを恥じて、演劇部の仲間ごと遠ざけたからだ。

写真の裏に、鉛筆の字が浮かんだ。

「台詞は止まっても、舞台は待ってくれた」

親指を離すと、アルバムは元に戻った。

私の顔は、クラスの端で小さく笑っている。

帰宅すると、娘が入部届を机に伏せていた。

私は反対を取り消す代わりに、一つだけ条件を出した。

「最初の舞台、見に行ってもいい?」

娘は驚き、「失敗するかも」と言った。

「失敗したところを見たいの」

「変なの」

「私が見損ねたから」

初公演で、娘は途中の台詞を忘れた。

長い沈黙のあと、共演者が手を取り、別の台詞でつないだ。客席からは、それも演出に見えた。

終演後、娘は悔しくて泣いた。

私は「やめてもいい」とは言わず、「次はどこからやり直す?」と尋ねた。

図書室のアルバムは、その後見つからない。

けれど舞台の写真を一枚、家の壁に飾った。

娘の口は閉じている。

その隣で、仲間の手がしっかり握られていた。

文化祭の片づけで、娘は余った台本を一冊持ち帰った。表紙の裏に、亡くなった同級生と同じ癖のある字で「待つのも台詞」と書かれていた。偶然だろう。

私はその一文を声に出そうとして、最初の音で詰まった。娘は急かさず、黙って次を待った。

三十年遅れで言葉を読み終えると、娘は舞台より大げさに拍手した。私は笑いながら、あの日入れなかった部室の扉が少しだけ開いた気がした。